確信

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確信

 あれから更に1ヶ月。  妻の料理は味が濃くなっていた。塩辛いのだ。  10日前に夫婦とも新型コロナウイルスに感染した。症状は軽くて熱も初日だけだったが妻は味覚障害になったと言っていた。  私も少し味覚が過敏になっていたかもしれない。しかし高血圧の持病もある私だ。目分量で控えめにする工夫はできるはずだ。  味覚障害だから味が濃くなっているという言い訳をしていたが、もう一年も前から味は濃い。それが最近は更に酷くなっている。    そういうこともあって。    会社の同僚で年下の男がいる。  名前は、明智守。  35歳の独身で私の知る限りはずっと恋人もいない。  とても私に懐いてくれて尊敬しているのは先輩で目標ですって言ってくれる可愛い奴だ。  痩せていて顔はそこまで悪くないがずっと恋人がいないのが不思議だった。だから、私がよく自宅に食べに連れて帰っていた。私が家に招いていたのは彼だけだったかもしれない。  プロジェクトが忙しくなってその中心にいた彼を最近は誘わなかったのだがそれも一区切り付いて、久しぶりに誘って家ではなく居酒屋に二人で行った。 「久しぶりです、せんぱーい!」 「久しぶり、仕事はどうだい?」 「順調です」 「よかった、よかった」 「それより奥さん、どうです?」 「元気だよ」 「また奥さんの手料理、食べたいです、最高でしたから」 「わかった、わかった、今度な」 「約束ですよ」  そんな会話のあとに、生ビールで乾杯をした。  どちらかというと堅物で融通の利かない私は後輩から嫌われるのに、こいつだけは私を上手に転がしてくる。不思議だと思っていた。だから若いのに出世も早く、すぐに私も追い抜かれるかもしれない。  誘ったのは、私が妻への疑いを酔った勢いで相談したかったのだ。  私だけの妄想ではないと確かめたかったのだ。いや、妄想でもいい。一人では限界だったのだ。 「それは奥さんが怪しいですね」 「やっぱり?」 「味付けが濃いのも気になります」 「気になるだろ?」 「塩分の致死量って知ってます?」 「知らない、どれくらい?」 「まあ、すぐに死ぬ量はかなり多いですけれど、内蔵や血管が壊れるくらいだったら先輩の体重なら30gぐらいっス」  私は少し驚いた。  ちょうど昨夜ネットで外食の大盛ラーメンは汁まで飲むとそれだけで塩分が10gを越えることがあるから汁は残そうって書いてあったのだ。  血圧には敏感なので、そういう記事はよく読むのだ。  30gを一気は無理そうでも、工夫すれば食べさせることは可能かもしれない。ましてやコロナにまた感染して味覚障害になったらヤバい。  妻は塩で私を殺そうとしているんではないか、そんな疑念はもう消すことができなくなっていた。  いや、死んで検査をすればナトリウムの数値が高くて犯行はすぐにバレてしまう。  ああ見えて慎重な妻はやらないだろう。そんなことを一人で考えていたが、後輩はまださっきの話を繰り返していた。 「先輩、先輩の家系は高血圧が原因の脳疾患でみんな死んでいましたよね?ほかの人より塩分は危ないんじゃないですか?」 「確かに、脳出血、脳梗塞、くも膜下出血、みんな頭の血管だ」 「保険金はどうなってます?」 「入ってるよ」 「金額は?、受取人は?」 「まあ高額で妻になってる」 「奥さんは優しくて、綺麗ですけど、女は怖いって言いますからね、僕は知らないですけど」 「わかった、わかった」  この夜の会話で私はある程度、確信した。  私は妻に殺されそうなんだと。
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