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6
そう。私、奥城君代は、5年前に鉄道自殺をし、もうこの世にはいない。
しかし私の魂は成仏することなく、F駅の黒い扉の奥に閉じ込められた。
黒い扉の奥、そこはこの世とあの世の境。
幽明の狭間。
現実は遮断され、現世の記憶は「忘却」によってかみ砕かれ、もやもやとした霧となって立ち込めている。
その霧は、未来永劫に晴れることはない。
自らの命を粗末にした私に天罰が下り、幽霊となってF駅とその路線の駅を徘徊して、飛び込み自殺をしそうな人を留めるのが私の役目だった。
そうして罪の償いをしている。
自らの罪を悔いるが故に、自殺しそうな人を救いたいという気持ちが心底からの希いであり、彼らを救ったことは何にも代えがたいご褒美だ。
2年前からこの路線の駅のホームにホームドアが順次設置され、それによって飛び込み自殺は激減した。
もはや私の出る幕はないようだ。
そろそろ天の赦しがあって、昇天できるのではないかと思っている。
なお、乗り鉄の少年の手記を私は知ることができたが、人によっては予知夢など眠りの中で第6感が働くようだ。
彼が黒い扉についてあのような夢を見たということは、暗示的で興味深い。
私はパパゲーノの役目を何とか果たせただろうか。
モーツァルトの「魔笛」に出てくるパパゲーノは、過酷な試練に耐えかねて自殺しようとするが思いとどまり、生きることを選ぶ。そしてパパゲーナと出会い、愛し合って幸せになる。
あいにく私は自殺を実行してしまったが、こうして他人の自殺を抑止しているので、パパゲーノになれたと自負している。
森や山、廃墟、古城、寺、世界には亡霊が棲む場所がいくつもある。
その亡霊たちはこの世への未練や怨念を断ち切れずにさまよっているのだろう。
しかしその一方で、私のように天罰として現世に足止めを食わされ、与えられた務めを果たしている霊もある。
街の一隅の都市伝説的な謎めいた場所に、私のような亡霊が潜んでいるかもしれない。
黒い扉のような場所が気になって夢に出てきたら、そこには何かがあると思っていい。
ただし、生者の世界から黒い扉が開くことは決してない。
(了)
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