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夏休みのある日、僕は最寄駅から2つ先のF駅にいた。ここで飛び込みを決行しようという心積りだった。
F駅のホームからショッピングモールの建物が見えるが、目に入るのは裏側の壁ばかり。古びた屋敷のような壁で、室外機が遺棄されたもののように沢山並んでいる。
その壁に黒い扉があって、どこにつながっているのかわからないが、それは開かずの扉だった。
つまり、その扉が開くところを見たことがない。
そしてその黒い扉は見えない触手を伸ばして、僕の心をつかまえた。
僕は夢の中で、黒い扉が開くのを見た。
毒ガスのような瘴気があたり一帯に漂い、ホームにいる人たちはそれにやられて次々に消失していく。
僕だけが居残って、扉が開け放たれるのを見守る。
中から出てきたのは、魑魅魍魎。妖怪、怪物の類が人外のおぞましい姿で出てくる。
僕は襲われると覚悟したが、最後に出てきた人間の女の人のような人影が、「パパパパー!」と叫んで魔法の鈴を振ると、怪物たちは一瞬にして消え去った。
そんな夢だった。
その夢が尾を引いて、その日僕は黒い扉の前に立っていた。死ぬという決意が体中に毒素となって巡って、僕はきっと病人みたいだったと思う。
見知らぬ女の人が声をかけてきたのは、そのせいだろうか。
「何か困っていない?」
とか話しかけてきて、僕は言葉が出てこなくてただ反射的にその人を見た。
その人から異質な空気が発散されていて、僕はすぐに警戒した。
女の人の問いかけに首を振って、ふと足元を見た時、僕は恐怖に全身が凍り付いた。
女の人の履いている裾の長いパンツの下が透明で、まるで宙に浮いているようだった。
彼女には足がなかったのだ。
僕はパニックに陥って、その場から走り去った。
けれども後になって思い返してみると、その女の人は僕の夢の中で黒い扉から最後に出てきた魔法の鈴の人に似ていた。
彼女は、僕の中の自殺願望という怪物を退治したのかもしれない。
僕の心の中から、飛び込み自殺という妄念はきれいになくなっているのだから。
友人にこのことを話したら、飛び込み自殺なんておかしな気を起こすから、感覚が狂って足がないと錯覚したのだろうと一笑に付されたが、それでもとにかく生きててよかったと喜んでくれた。
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