知らないのは君の方

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大きく深呼吸をすると、ドアフォンを押す。 しばらくして、カチャッっとドアチェーンのはずれる音がして、小さくドアが開いた。 「彩葉、話しがしたい」 「……今忙しいから」 少しだけ開かれたドアから、何かが焦げた匂いがする。 「何? この匂い?」 「何でもない!」 「焦げ臭いんだけど? 火事じゃないよな?」 「ちょっと……を……焦がしただけだから……」 彩葉の声はだんだん小さくなっていって、最後の方は聞き取れなくなってしまった。 俺はぐいっとドアを開けて家の中に入ると、玄関で彩葉の前にピンクのリボンがついた大きな花束を差し出した。 「彩葉に誕生日プレゼント」 「俊ちゃん……わたしの誕生日、3月。今は7月だよ」 「誕生日に花をあげ忘れたから。彩葉、聞いて」 俺はもらってばかりで、何一つ彩葉に返していない。 「彩葉、好きだ。もう俺のこと好きじゃなくてもあきらめない。今度は俺がお前を追いかける」 「俊ちゃん……」 「そういう訳だから、南雲には渡さない」 ぼろぼろと涙を流し始める彩葉を抱きしめた。 花束ごと彩葉を抱きしめたまま、もう片方の手で、頭を撫で続けた。 そして何度も何度も言葉にした。 「彩葉が好きだ」 今まで言葉に出さなかった何年か分を埋めるみたいに、思いを伝えた。
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