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「彩葉って、こんな甘い香りだったんだ」
彩葉を抱きしめたまま言ったその言葉に、彩葉が俺の顔を見た。
「これは……チョコ」
「チョコ?」
彩葉がこくんと頷く。
「入るよ」
俺は靴をぬぐと、キッチンに向かった。
キッチンには焦げてよくわからないものと、チョコレートとが散乱していて、開けっ放しになったオーブンの中には、焦げて真っ黒の何かが入っていた。
「これ、南雲にやるやつ?」
「違う」
「じゃあ、俺、食べていい?」
「焦げてるから……」
「気にしない」
オーブンの中のものを皿に入れて、フォークと一緒に部屋のローテーブルに運んだ。
彩葉が今どう思っているのかはわからなかったけれど、追い出されもしていないし、こうやって部屋に入ったこともとめられていない。
皿に入った黒いものにフォークはささらなかった。
それで、手で持ってそれを食べた。
「美味しくないでしょ?」
「固い」
「だよね。食べない方がいいよ」
「食べるよ。これ、チョコケーキだ」
俺の横で突っ立っている彩葉の手を引っ張って隣に座らせた。
「南雲のじゃないなら、これ俺の?」
彩葉は黙ったまま何も言わない。
「俺のだ」
俺は炭の塊を食べ続ける。
「お腹壊すよ」
「いいよ。彩葉が作ったものは何でも嬉しい」
「何回作っても上手く出来なくて。ちゃんとしたの作って、俊ちゃんに届けたかったのに……二葉さんのは美味しかった?」
「あれは、食べてない。返したから」
「どうして?」
「俺さ、今まで誕生日プレゼントって、母親と彩葉からしかもらったことないんだ。それで、初めて別の子からもらって、ちょっとうかれた。でも、受取る理由がないから返した」
「でも、付き合ってるって」
「それ、簡単に言うと、二葉の元カレが北宮のこと勝手に好きになって、二葉をフッたんだ。それで俺と北宮が付き合ってるって勘違いした二葉が、俺と付き合ってるって吹聴して北宮を陥れようとしただけ。俺、もらい事故的なやつ」
「そうだったの……」
「俺はずっと彩葉だけだから」
「……俊ちゃん、違う人みたい」
「心の中でずっと思ってたこと言葉にしてるだけ。一回口に出したら抵抗がなくなったっていうか、ずっと言えなかったこと言えるようになった」
ちゃんと、彩葉の顔を見て言えた。
「今まで、ごめん」
彩葉がふるふると頭を振る。
「これからは思ってること言葉にする」
「俊ちゃんは、俊ちゃんのままでいいよ」
「教えて」
「何?」
「まだ、俺にはチャンスある?」
「そんな……わたし二葉さんのこと聞いても諦められなくて……わたしは、俊ちゃんのこと好き――」
本当に俺、生まれ変わったみたいだ。
俺の方から彩葉にキスをした。
「……にが……い」
そんな感想を、泣いてるような嬉しそうな顔をして言う彩葉を可愛いと思う。
「チョコケーキ、一緒に作ろう」
「……うん」
もう一度キスをした。
何度もキスをした。
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