知らないのは君の方

11/12

21人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
「彩葉って、こんな甘い香りだったんだ」 彩葉を抱きしめたまま言ったその言葉に、彩葉が俺の顔を見た。 「これは……チョコ」 「チョコ?」 彩葉がこくんと頷く。 「入るよ」 俺は靴をぬぐと、キッチンに向かった。 キッチンには焦げてよくわからないものと、チョコレートとが散乱していて、開けっ放しになったオーブンの中には、焦げて真っ黒の何かが入っていた。 「これ、南雲にやるやつ?」 「違う」 「じゃあ、俺、食べていい?」 「焦げてるから……」 「気にしない」 オーブンの中のものを皿に入れて、フォークと一緒に部屋のローテーブルに運んだ。 彩葉が今どう思っているのかはわからなかったけれど、追い出されもしていないし、こうやって部屋に入ったこともとめられていない。 皿に入った黒いものにフォークはささらなかった。 それで、手で持ってそれを食べた。 「美味しくないでしょ?」 「固い」 「だよね。食べない方がいいよ」 「食べるよ。これ、チョコケーキだ」 俺の横で突っ立っている彩葉の手を引っ張って隣に座らせた。 「南雲のじゃないなら、これ俺の?」 彩葉は黙ったまま何も言わない。 「俺のだ」 俺は炭の塊を食べ続ける。 「お腹壊すよ」 「いいよ。彩葉が作ったものは何でも嬉しい」 「何回作っても上手く出来なくて。ちゃんとしたの作って、俊ちゃんに届けたかったのに……二葉さんのは美味しかった?」 「あれは、食べてない。返したから」 「どうして?」 「俺さ、今まで誕生日プレゼントって、母親と彩葉からしかもらったことないんだ。それで、初めて別の子からもらって、ちょっとうかれた。でも、受取る理由がないから返した」 「でも、付き合ってるって」 「それ、簡単に言うと、二葉の元カレが北宮のこと勝手に好きになって、二葉をフッたんだ。それで俺と北宮が付き合ってるって勘違いした二葉が、俺と付き合ってるって吹聴して北宮を陥れようとしただけ。俺、もらい事故的なやつ」 「そうだったの……」 「俺はずっと彩葉だけだから」 「……俊ちゃん、違う人みたい」 「心の中でずっと思ってたこと言葉にしてるだけ。一回口に出したら抵抗がなくなったっていうか、ずっと言えなかったこと言えるようになった」 ちゃんと、彩葉の顔を見て言えた。 「今まで、ごめん」 彩葉がふるふると頭を振る。 「これからは思ってること言葉にする」 「俊ちゃんは、俊ちゃんのままでいいよ」 「教えて」 「何?」 「まだ、俺にはチャンスある?」 「そんな……わたし二葉さんのこと聞いても諦められなくて……わたしは、俊ちゃんのこと好き――」 本当に俺、生まれ変わったみたいだ。 俺の方から彩葉にキスをした。 「……にが……い」 そんな感想を、泣いてるような嬉しそうな顔をして言う彩葉を可愛いと思う。 「チョコケーキ、一緒に作ろう」 「……うん」 もう一度キスをした。 何度もキスをした。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加