知らないのは君の方

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文学部の校舎へ彩葉を迎えに行くと、彩葉はひとり席に座っていた。 「ごめん、待たせて。帰ろう」 「うん……」 どことなく元気がない。 いつもだったら、俺が迎えに行くと嬉しそうな顔をするのに。 「彩葉、今日何の日か知ってる?」 話をふっても彩葉は黙っていたので、自分から催促してみた。 「俺のチョコは?」 「ないよー」 「でも毎年くれるじゃん?」 「……本当に、ないよ。用意しなかった」 「何で?」 「ごめんね、今までつきまとって。もう、やめるから」 「何をやめんだよ?」 「二葉さんと付き合ってるんでしょ? 聞いたから」 噂のこと、北宮に注意されてたのに、彩葉に言うのを忘れてた…… 「わたし見ちゃった。二葉さんからチョコケーキもらって俊ちゃん嬉しそうだった」 あれは―― 「今までありがとう」 「おい待て!」 俺から逃げようとする彩葉の腕を掴んだ。 「何で……」 彩葉は泣いていた。 「知らないのかよ? 周りが何て言ってるか。岩崎も、北宮も、菜々ちゃんだって。みんな言ってる」 「……何を?」 「お、俺が……だって」 一言がなかなか出てこない。 彩葉はポロポロとこぼれ落ちる涙を拭こうともせず、俺をじっと見ている。 「周りはみんな、俺が……彩葉を……好きだって言ってる」 ヤケクソのように言い放った。 彩葉は困ったような顔をして俺を見て言った。 「知ってる」 知ってる? 「いつから……」 「ずっと前から」 「だったら……」 「でも、俊ちゃんからは一度も聞いてない」 そう言われて、彩葉を掴んでいた手から力が抜けた。 きっと、ドラマなんかだと、ぐいっと彼女を引き寄せて、抱きしめたりなんかして「俺はお前が好きなんだよ!」とかなんとか……言うんだ。 でも、俺がしたことと言えば、走って行く彩葉の後ろ姿を眺めているだけだった。
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