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芋うにはガングロギャルになって雁字搦めの少年を解き放つ
【芋うに】
口が裂けた女で、鬼のような顔をしている。
「苧うに」の「苧(お)」は植物のカラムシ、麻の繊維から作られた糸を束ねた房を意味し、それが髪や体毛から連想されるとして名づけられた。
平成以降は山姥との関連性があるとの説も。
わたしは女らしくあるよう育てられた。
物心つくころから話し方、ふるまい、所作、容姿のい入れ、表情や体の魅せ方などを教えこまれ、遊ぶ暇もないほど徹底的に。
スパルタ教育をしながら、たまに父はわたしの肩に手をかけ、語りかける。
「ほんとうにお前はママと顔がそっくりだ。
大人になったらママを超える女らしいスターとして輝くんだよ」
母は芸能人でかつては「究極に女らしい女優」ともてはやされていたらしい。
父と結婚してから間もなく妊娠。
難産だったこともあり、私を生み落したあと亡くなってしまった。
マネージャーとしても夫としても一生、母を崇めて支えていくつもりだった父は絶望。
それでも娘の私がいたから、いつまでも落ちこんでいられず、世話をするうちに「ママに劣らない女らしさが際だつ女優になるんだ!」と教育熱心になったよう。
ほかの子供のようにわがままをいえず、遊んだりもできなく、やたらと制限を科せられて、日日、劇団の仕事に追われて。
すこし不服だったけど「パパにはもう私しかいないんだ」と思い、いいつけを守って順調に女らしく育っていったところ。
小学五年生のとき、父と担任教師が揉めに揉めて取りかえしがつかなくなり転校を。
そして転校した小学校、そのクラスで出会ったのが彼女。
女らしい私とは対照的な彼女、団島さん。
男子のように短髪で、肌は真っ黒、太い眉に出っ歯、細い目、服は汚れて皺だらけで、白い靴下は黄色いし、内履きはぼろぼろ。
大きな口を開けて笑い、がに股で歩き、授業中は落ちつきがなく、給食を動物のように貪り、休み時間は男子たちと外を駆けずり回って、パンツが見えてもおかまいなし。
なにより驚いたのは、毛深さ。
小学五年生なら、まだ男子でも肌がつるつるなのが、団島さんは毛深い外国人レベル。
五センチくらいある毛が密集して「ゴリラみたいでしょ!」と腕をかきながら大笑い。
べつに自分以外の女子が女らしくなくても気にしなかったけど、団島さんだけは見過ごせなかった。
毛深い肌を見るたびに総毛だつほど不快感が湧きあがる。
といって「きちんと処理しなさい!」と迫るのは余計なお世話だし、エレガントな女らしくないのは百も承知。
なるべく近づかぬよう、視界にはいらないよう注意して、学校で過ごしていたのだけど。
廊下の端で友人たちとおしゃべりをしていたとき。
話すのに夢中になって、団島さんが男子とじゃれあいながら接近しているのに気づかず。
「団島、またお前、そんなことして!」と男子に突きとばされたらしく、団島さんと私が衝突。
半そでだったから、毛深い肌が私の腕にくっついて、とたんに悲鳴を。
「あなたの毛深さは醜いし、気色わるいのよ!
産毛も処理している私の肌に触れるなんて!毛深さがうつったらどうするの!」
ついヒステリックになって、ありのままの思いを吐露したのがいけなかった。
私の絶叫で、周りはあらためて団島さんの異常な毛深さに気づき、また目をつけてしまったよう。
さっきまで、遊んでいた男子が「寄るなよ!毛むくじゃら!」と笑いながら、大袈裟に避けたもので。
「お前、女のくせに俺らより毛深いんなら、あそこもおっきいんじゃねえの!」
「団島の毛を口にいれたらおしまいだ!
全身の毛穴から生えまくって、体の中にも湧いて、吐きだしても吐きだしても毛がでてくるぞお!」
下劣極まりない男子の放言に、女子たちは眉をひそめつつ、遠巻きに団島さんをちらちら見てはくすくす。
まさか自分の言葉で、一気にあくどいいじめに発展するとは。
「ちょ、ちょっと、私がいいすぎただけで・・・!」と止めようとするも、初めに手加減なしに罵ったものだから、だれも聞く耳を持ってくれず。
口を開けたまま、呆けていた団島さんは、そばの男子に手を伸ばそうとして「毛だらけの汚い手で触るんじゃねえ!」と罵られ、唇を噛んだなら、窓を跳び越えて脱走。
三階だったから、さすがに囃すのをやめて皆は大慌て。
急いで窓の外を覗いたところ、猿のように跳び移った木をおりていき、地面に着地すると校舎をでていった。
それから一週間、団島さんは登校せず。
理由としては「風邪をこじらせている」だったけど、クラスの皆には心当たりがおおありで、先生が心配してため息をつくのに、黙りこくって、気まずそうにしたもので。
元凶といえる私はもっと罪悪感に苛まれ、そのことで不信感を抱くように。
団島さんに謝りたいと思いつつ、心の整理がつかず、思いきった行動ができないまま。
「寝る以外、背筋を伸ばしなさい」との父のいいつけを破り、深くうつむいて下校していたとき。
早く家に帰りたくなく、寄り道をして用水路沿いの裏路地を歩いていたら、向こうの壁の角から人が。
目を上げて足を止めたのは、相手が人に見えなかったから。
身長は私くらいだけど、顏らしきもの以外は全身が長くボリュームのある金色の毛に覆われて。
思わず逃げようとし、ふと直感がして「団島さん?」と呟いて振りかえる。
首肯したから、おそるおそる近づけば、その顔もまた異様で。
パンダのように黒く塗りつぶされた目元、眉毛は糸のように細く逆立って、唇のあたりは耳近くまで漂白したように白いといった奇抜な化粧がほどこされ、でも、顔つきは団島さんだ。
謝るのも忘れて「ど、どうしたの?」と聞けば「毛を抜いたんだ」とぼそぼそと。
「白鳥さんに指摘されて急に恥ずかしくなって、家に帰ってガムテープでやった。
できるだけ抜いたけど、次の日、さらにぼーぼーになって。
泣きながら、またガムテープでやって、そしたら、もっともっと・・・。
悪化しているのに、むきになってガムテープで剥がしつづけたら、こうなっちゃった」
もう涙もでないのか、赤い目の焦点があっていない。
「む、むりに抜くと、逆効果で毛が濃くなるとは聞いたことがあるけど・・・」といいつつ、顔をじろじろと見ると「これはね」と説明を。
「昔、流行っていたギャルのメイクなんだって。
こうなったうちを見て、姉ちゃんが『まさにヤマンバみたいだから、いっそギャルになったら』って化粧してくれた」
ヤマンバみたいなギャルが町に溢れたのは、たしか私たちが生まれるずっと前のこと。
そのくせ私には見覚えがあるし、みょうな親近感も。
「女らしい」ことに拘る私にして縁遠い存在のはずが、不思議なもので、どうしてか胸がじんわりと温かくなるような。
極限まで毛深くなり、化け物じみた化粧をする団島さんを見ていると、前のように不快感でなく懐かしさがこみあげ「ごめんね・・・」と涙をぽとり。
「私は女らしくしているけど、本当は女らしくなりたくないんだ。
だって体毛がのこっていないか、いつもいつも気にして一本でも見つけたら苛苛するの、すごく疲れるでしょ?
比べて団島さんは剛毛を放ったまま、日焼けをしたり、服を破ったり、怪我したりするのも屁でもないように笑って、遊びまわっている。
そのすがたが輝いて見えて羨ましくて、どうして私は毛の一本でやきもきしなきゃらならないんだって、すごく、むかついた。
怒鳴ったのは、八つ当たりなんだよ。
男子のように奔放で腕白な団島さんを見ていたら私も、いや、ぼくも・・・」
すぐに言葉を継げなくても団島さんは口を閉じたまま、急かすようなこともせず。
深呼吸したなら、顔を上げてまっすぐ見つめながら告げた。
「ぼくは男の子だから」
団島さんが目を見張った間もなく「しずく!」と父の叫びが。
振りかえると、顔を真っ赤に目くじらをたて「寄り道するなとあれほど!」と突進を。
「女らしくなりたくない」と自覚したところで、いざ怒れる父を前にすると体がすくみ、口が強ばる。
腕をつかみ引っぱろうとするのに、せめて踏んばれば「なんて女らしくないことを!」と怒鳴りつけ、そのときやっと団島さんが目にはいったよう。
一瞬、言葉を失くしてから「腐ったような女が!しずくに近づくなあああ!」と拒絶反応全開に罵倒を。
そのとき怒りが湧いたと同時に分かってしまった。
どうして、これまで自分が父に逆らえなかったのか。
母親の代わりのように育たないと見捨てられると、おそれていたのもある。
が、なによりぼくを縛りつけていたのは申し訳なさ。
「ぼくが生まれたせいで母さんを死なせて、ごめんなさい」と。
今でもその思いを捨てきれないとはいえ、団島さんを踏みにじるのは見過せない。
「団島さんは女らしくないけど、だからって父さんが軽蔑したり、見くだしていいわけじゃない!
これ以上、団島さんを傷つけないでよ!
ぼくみたいに、まちがいを犯さないで!」
はじめての反抗に父が呆気にとられたのもつかの間「『ぼく』っていうな!」とさらなる激昂。
「ママの代わりにならないお前なんて、生きる価値がないんだからな!」
腕を振りあげたのに目をすがめたものを、拳が打ちつけられる前に団島さんが父に体当たり。
倒れたところで、顔に頭をこすりつけられ、咳きこむ父。
すぐに「やめろ!」と団島さんを突きとばすも、咳きこみつづけて、なかなか立ちあがれず。
急に目を見開いたと思えば、全身から金色の毛が噴出するように、わんさか生えて。
だけでなく、口や鼻、耳、へそからも毛が溢れて、あっという間に団島さんのようになった父は「あぐ、ぐうあ、あああ!」と呻きながら、のたうち回る。
唖然としたまま、金色の毛に襲われているような父を、しばし見つめ、はっとして目をやるも、団島さんはどこにも見当たらず。
そのあとも父は金色の毛を生やし吐きつづけたものを「男の子にもどっていい?」と聞き、うなずけば、全身の毛が抜け、口から湧くこともなく、元にもどることが判明。
すこし父は抵抗したとはいえ、金色の毛だらけになって悶える辛さに耐えられず「分かった、もうお前の自由に生きなさい・・・」と敗北宣言。
ただ、ぼくに歪んだ愛情を注ぐことで、精神の均衡を保っていたようなので、諦めて間もなく「かなえ、かなええええ!」と母の名を絶叫しながら精神病院へと。
ぼくは父の妹、叔母に預けられることになり、引っ越しまえに荷づくりに合わせて家の整理と片づけを。
ずっと立ち入り禁止になっていた母の部屋に入り、形見に持っていけそうなものを探していたら棚の奥にプリクラを発見。
写っていたのは、なんとヤマンバギャルの母。
このころはすでに女優として活動し「一際、女らしさが目を引く」ともてはやされていたはずが。
父が知っていたかは分からないけど、幼いころ一回、施錠し忘れたこの部屋に侵入したことがあるぼくは目にしたのかもしれない。
そのプリクラをポケットにいれて退室。
自室にもどって、いまだ行方不明という団島さんに思いを馳せながら、窓から霞がかった山をしみじみと眺めたものだ。
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