手の目は、それでも母親を見捨てない

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手の目は、それでも母親を見捨てない

【手の目】 座頭姿で顔でなく両手のひらに目が一つずつついている。 「手目坊主」などと記されていたり、絵巻に似たようなすたがた描かれているが、解説がないので詳細は知れない。 人間の体から骨を抜いたり、悪党に殺された盲人の怨霊のようだったりの民話があり、また言葉遊びで描かれた説もあり。 わたしの娘は、三才のころ病気になって目が見えなくなった。 そのせいで、夫とは離婚。 性格には格式高い夫の実家に「障害を持つ孫なんていらない!欠陥のある子を生む嫁もいらない!」と見限られたからだ。 運命の人であり、最愛の夫は、わたしを愛していたものを、親に頭があがらずに泣く泣く去っていった。 夫がわたしに愛想をつかしたわけでないので「この子さえ生まれてこなければ、うまくいったのに・・・!」と義理の両親より、娘を恨んだもので。 とはいえ、わたしは世間体を気にするタイプだったし、犯罪をして自分の人生をおじゃんにしたくなかったから。 娘に愛情を注がずとも、虐待はせず、最低限の世話をしてやった。 まあ「あんたのせいで、離婚させられたのよ」と日々、無遠慮に八つ当たりをしたし「あー世話するのめんどー」と苛だちを隠せず鬱陶しがったが。 対して娘は「ごめんなさい」と肩を縮め、わたしの顔色を窺い、へつらってばかり。 腹のなかでは「なんて、ひどい母親」と軽蔑して責めているくせに! 卑屈な態度が、さらにわたしの神経を逆なでしているとも知らず、とうとう娘はやらかしてしまった。 朝早くのこと、ガッシャアアン!とけたたましい物音がし、跳ね起きて。 慌てて台所にいくと、多くの皿が割れて床に散らばっていた。 そばには娘が突っ立たまま震えて曰く「お、お母さん、疲れているようだったから、朝ごはん、つくろうと思って・・・」と。 「よけいなことすんじゃないわよ!」と激昂したわたしは、流し台にあった包丁をつかんで娘の手首をにぎりしめ。 「いうことを聞けないなら、体に覚えさせるしかないわね!」 娘の掌に包丁を刺して一文字に切って左手も。 途中で失神した娘を病院につれていけば「傷が深いので細かく手を動かすのが難しくなるだろう」と診断をされて、わたしの望むとおりに。 このことに懲りたのか、娘は態度をあらためて、わたしが指示をしない限り、口をきかず行動もしない生きた屍のように。 おかげで最低限の世話をする以外、かまわないでよくなり、わたしは恋人をつくって、そのうち家に住まわせるようになった。 恋人は「いつも襖の隙間から覗かれているように思う」と娘を不気味がったとはいえ「あの子、目が見えないって云っているでしょ」と笑いとばして。 あえて娘を家から追いださずに、部屋で恋人といちゃいちゃしたのは当てつけもあってのこと。 わたしから最愛の夫を奪った娘には、もっともっと罰を受けてほしかったから。 その執念深さもあって恋人とは長くつきあい、娘が十六才になったころ。 酒に酔った恋人に、わたしは首を絞められた。 こうして理不尽に乱暴をされるのは今にはじまったことではない。 恋人は無職になってから金をせびるようになり、すこしでも渋れば殴打。 結局、生活費のほとんどを差しだしたのだが、今回ばかりは断固として拒否。 障害者の娘に支給される援助金にまで、手をつけたようとしたから。 もちろん娘を庇ってのことでなく「障害者の子供を育児放棄した、鬼のように血も涙もない母親」と社会からバッシングされたくないがため。 いや、世間の目に怯えて、憎たらしい娘を世話をするのも、もう疲れた・・・。 「俺と娘とどっちが大切なんだ!」と喚きつつ、首を絞める力を強めるばかりなのに、うんともすんともなく無気力のまま、死を迎えようとした。 そのとき。 グサリと耳障りな音がして、痙攣した恋人は目を見開いたまま、わたしに倒れかかってきて。 力なく手が首から落ちて、咳きこみながら、恋人の背中を見れば、突き刺さった包丁。 ちょうど心臓一突きのようだったが、いや、そんな、まさか。 見あげると、息を切らす娘が。 包丁をにぎっていただろう片手を浮かせたまま、もう片手を突きだして。 こちらに向いた、その掌には目ん玉が埋めこまれ、忙しなく瞬きを。 「よけいなことして、ごめんなさい・・・」と屈みこんだ娘は、目がついた掌と、もう片方の掌を私の顔に接近。 「最後に一目でいいから、お母さんの顔を拝ませてね」 掌には、昔、私が包丁で切り刻んだ一文字の傷跡がありありと。 それが、ぱっくり開くと瞼があがったように眼球が剥きだしになり、両方の掌の目で、わたしを凝視したもので。 目が覚めると、わたしは冷たくなった恋人に乗っかられたまま、でも、どこにも娘は見当たらず、玄関に靴もなかった。 恋人の亡骸をどかし、テーブルを見やると置手紙が。 「世界を見てまわってきます」 最後の最後まで、わたしに迷惑をかけておいて、いい気なもんだ。 そりゃあ、忌々しかったし、今でも離婚は娘のせいだと思っている。 ただ、母親失格のわたしを殺すのではなく、殺されそうになったのを助けた、愚直の一途さには感服せざるをえず。 「わたしの娘にしては、できすぎだよ・・・」とため息を吐きつつ、もういない娘を見送ったものだ。
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