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濡女は男女平等に人を食い物にし、不平等な世の中をぶっ壊す
【濡女(ぬれおんな)】
顔は髪の長い女、胴体は蛇の姿形をして「ヌレヨメジョ」とも呼ばれ、海蛇の化身という説もある。
多くの妖怪画がのこされ、当時は広く知られていた模様。
人を食うとされているが、その容姿や特徴は定まっていなく、まつわる話はあまりない。
わたしの勤める会社で女性社員複数が、男性社員をいじめている。
「社会の地位が低いせいで、わたしたち女性の給料はすくないし、貧困になりやすい!
あんたは、男というだけで、もっと給料をもらっているなんて、まちがっている!
男だからってだけで得している分、わたしたちの仕事を手伝うべきよ!」
こうして、なにかと女性の不当性を訴え、彼に仕事を押しつけていた。
で、手が空いた分、彼女たちがなにをしているかというと、休憩室で優雅にコーヒーを飲みながら歓談。
はじめて見かけたときは、ぎょっとして「まだ休憩時間じゃないですよね」と一応、声をかけたものを、鼻で笑って曰く。
「わたしたちは日々、女性の地位向上のために男至上主義の腐った社会と決死の思いで戦っているのよ?
男のいいなりに仕事して、あたり触りなく接している、女性として恥ずべき日和見なあんたとちがって鋭気を養わないと」
すこし注意するだけで同性にも噛みつくし、異性の上司となれば、そりゃあ、牙を剥きだし。
「女性を下等に見ているから、そんな不公平に仕事をふりわけるんでしょ!
その認識を改めない限り、女性代表として断固として抗議し、正義のためにボイコットします!」
まあ、なんだかんだ面倒な仕事を放りだし、休憩室にいり浸るのだが。
「ボイコット」と豪語しつつ、退勤処理をせず、ちゃっかり給料をもらっているし。
高級化粧品の購入を経費で落とそうとし、担当者が渋れば「この女性差別主義者!」と騒ぎたて押しとおすし。
彼女たちのご立派な活動にかこつけた横暴ぶりに、いじめられている男性社員だけでなく、同性も異性も従業員はみんな振りまわされ、心身を蝕まれた。
が、お偉いさんも、社長でさえ、彼女たちにブレーキをかけられず。
というのも、彼女たちは「男女格差是正推進委員会」のメンバーだから。
時代の空気を読んで「我が社は、男女平等を志す優良企業です」と表明するために会社で起ちあげたもの。
ぶっちゃけ、ポーズをとるだけのつもりが大誤算で、必要以上に彼女たちが女性の権利を訴え、優遇措置を求めてしまい。
一回、その委員会がマスコミにとりあげられたのが運のつき。
「取材されてから、記者さんとはまめに連絡をとっているから。
委員会やわたしになにかあったら分かっているわよね?」
そう彼女たちに脅されてはマスコミを敵に回せない我が社はお手上げ。
前よりむしろ会社の風通しがわるくなった原因は彼女たちにあるとはいえ、もとをただせば、種をまいたのは、お偉いさんや社長。
自分で自分の首を絞める羽目になったわけだが、委員会の発足に関わらなかった、わたしたち下っ端にすれば、いい迷惑でしかなく。
もっとも被害を受けた男性社員などは、とうとう無断欠勤を。
男性社員の安否を心配しつつ、彼女たちが会社で物色するのを「つぎのターゲットはだれになるだろう」とみんなが冷や冷やとしていたところ。
転職してきた新人、鬼女(おにめ)さんが紹介された。
名前のパンチが利いているとはいえ、清楚な見た目で、おっとりとした性格。
とくに個性や癖がなさそうな、おしとやかな女性で、転職してきたのにしろ、今どき珍しくなかったが、初出勤にて鬼女さんの名は会社に知れわたった。
というのも、長い髪が濡れていたから。
「すいません、朝シャンして乾かすのが間にあわなくて」という言い訳も変だし、いつまで経っても髪が乾かないし。
さらに翌日も髪を濡らしたまま出勤。
行く先々で髪から水滴を落としながらも、なぜか辺りが濡れることはなく。
そうして、あまり害にならなかったこともあり、なんとなく触れづらくて、だれも言及せず。
もしかしたら男女格差是正委員会と同じ類の女性で、へたに関わると「セクハラだ!」と大事にするかも・・・。
男性社員のイジメを見てきた会社の人はすっかり委縮し、鬼女さんを刺激しないよう気をつけていたのだが、一方で委員会の彼女たちは「これは、おいしいネタかも」と目をつけたよう。
「女は歴史的に現代にいたるまで男の食い物にされてきたわ!
髪を濡らしつづけるあなたも、餌食になっているのでしょう!」
「あなたを食い物にしている外道を、懲らしめましょうよ!」と目を輝かせて勧誘したとはいえ、鬼女さんは小首をかしげてほほ笑み、こう返したもので。
「女が男を狂わせて、搾取してきた歴史でもありますよ。
すくなくとも、わたしはこれまで、多くの男を食い物にしてきましたし」
委員会の脅威を知らずの不敵な発言。
もちろん彼女たちの逆鱗に触れ「女の敵は、あんたのような浅薄な女よ!」と即行手のひらがえしで激怒。
正直、わたしを含め会社の人たちは、胸がすいたとはいえ、同時に肝も冷やしたもので。
案の定、その瞬間から彼女のターゲットは鬼女さんに。
男性社員をいじめたときのように、ことあるごとに難癖をつけ、自分たちの仕事を押しつけようと。
「女の足を引っ張るのは、あんたみたいな男に寄生して生きる低俗で卑しい女なんだから!
つけあがった阿保な男にちやほやされて贔屓にされている分、さぞかし得をしているんでしょうね!
女性の人権を守ろうと、男の妨害を受けながら孤軍奮闘している、わたしたちが損をしているだけ、報いるように働きなさいよ!
あんたの尻軽なふるまいのせいで、女性全体が誤解されるような迷惑をしているんだから責任をとりなさいよ!」
火を噴くように責めたてるのに、鬼女さんは笑いかけ「自分の仕事で手一杯なので」とやんわりと断り、デスクにむかって、それ以上、相手にせず。
どれだけ責められても、けろりとしていたし、といって乗せられて刃向かいもせず「今、忙しいので」と仕事に勤しんで、あしらう。
モンスタークレーマーのような相手には、この対処のしかたが正解らしく、彼女たちの猛攻の勢いは衰えていった。
ずる賢い彼女たちは、基本、男性社員のように叩きやすい人を狙い、自分たちの分がわるいと判断すれば「あーあ、こうも言葉が通じないんじゃ、むだむだ」とすぐに引きさがる。
が、鬼女さんに対しては異常にむきになり、たびたび癇癪を起こして、地団太を踏む子供のように喚きつづけたもので。
鬼女さんと彼女たちの対立は平行したままで、きりがないように思えたが、会社の親睦会で、川辺でバーベキューをしたときのこと。
なんと、いつもどおり髪を濡らしながらも、鬼女さんは赤ん坊を抱っこしてきた。
みんなが一斉に注目して「結婚してたの?」「鬼女は旧姓?」と質問を畳みかけたものを、鬼女さんはにこにこするだけで一言も応えず。
そこに強引に割ってはいってきたのが「なあんだ、子持ちなら早くいってよお!」としたり顔の委員会の彼女たち。
「わたしたちは、子育てしながら働く女性の味方だから!
もし、まえに産休をとれなかったとか、育休をとったことで、まわりに白い目で見られた、昇進の話がなくなったって、言語道断なしうちを受けたというのなら、いくらでも相談に乗るわよ!
そうそう、うちの会社は託児所がなかったわね!
男女平等を志しているくせに、どの口がよ、まったく!
わたしたちが口添えすれば、託児所のひとつふたつくらい、すぐに会社につくらせてやるわ!」
またもや意気揚々と節操のない手のひら返し。
子持ちの女性社員は、自分たちの活動に利用価値があると判断し、また喧嘩を打っても揺るがないなら、下手にでて絆そうと戦略を変えたのだろう。
果たして、彼女たちの態度の豹変に鬼女さんは惑わされれるのかどうか。
ほほ笑みかえすと、託児所云々について返答をせず「ちょっと、トイレに行きたいので抱いていてもらえますか?」と赤ん坊を差しだした。
機嫌を損ねないようにか「いいわよ、ゆっくりトイレしてきなさい」と快く委員会の一人が赤ん坊を抱っこ。
鬼女さんを見送ってから、彼女たちは赤ん坊をとり囲み「かわいいわねえ」「子供は欲しいけど国の補助金しょぼいしなあ」「会社の考え方が一から変わらないと」と子供をあやしつつ、愚痴を吐くのも忘れず。
赤ん坊を中心にはしゃいでいたのが、しばらくして「ん?なんかこの子重くない?」と抱っこをしている人に異変が。
すこしもせず「やだ!どんどん重くなる!助けて!」と叫びだし、赤ん坊が大泣き。
結束が固いはずの委員会の仲間たちは顔を引きつらせ、後ずさり。
冗談ではないようで、悲鳴をあげながら赤ん坊を抱く腕を下げていくのを、遠くから目撃したわたしたちの何人かは、慌てて駆けつけようとしたが、間にあわず。
「あああああ!」と絶叫した彼女は、河原に手をのめりこませて骨を粉砕。
落ちた衝撃で、赤ん坊はころがり、おおきな岩にぶつかり沈黙。
のたうち回る彼女の金切り声を聞きつつ「まさか、死んだのでは・・・」とわたしたちは体を凍りつかせたまま、頭を真っ白に。
そのうちに社長や上司たちが集まって「きみたちは帰りなさい!」と現場を隠しながら、わたしたちを追いはらったもので。
休みを挟んでの出勤。
一睡もできず、見つづけたニュースで河原の一件の報道はなく。
そのことが却って不安で、出勤しても憂鬱なまま、ほかの親睦会の参加者もみんな表情が虚ろで。
まったく仕事がはかどらず、昼休憩が近くなったころ親睦会の参加者は会議室にくるようにと召集が。
やっと、河原の一件の詳細が知れるのかと、会議室に行ったものを、社長が口を切ったことには「あれは赤ん坊ではなく、人形だった」と。
「鬼女さんの、質のわるい悪戯だったのだろう。
委員会の女性たちのお節介を逆恨みして、しかえしをしようとしたにちがいない。
今、鬼女さんとは連絡がつかず、行方も知れない。
逃げたということは疚しいところがあるからだ。
もし、鬼女さんから連絡があって、なにを吹きこまれようと信じないように」
「あと、この話を口外しないように。した者は厳正な処分をする」と締めくくられたとはいえ、わたしたちは口を開けたまま、ぽかん。
社長の説明は、まるで疑念を払しょくしなかったから。
赤ん坊を死なせた彼女はどうなった?
ニュースになっていないということは警察沙汰にしなかったのか?
仮に社長が訴えるように「質のわるい悪戯」だったとして「口外しないよう」と脅す必要はないのでは?
疑問が浮かんでやまず、耐えきれなかったわたしは挙手。
社長に睨まれたとはいえ、制止されなかったから立ちあがり発言を。
「もし鬼女さんが報復をしたとして、お節介の逆恨みではありません。
彼女たちにいじめられていたんです。
そのまえには男性社員だって・・・」
途中でばん!と机を叩いた社長は「証拠はあるのか?」と凄んでみせて。
「いじめいじめと訴えれば、体裁を気にして会社がいいなりになるとでも?
そうやって弱者であることを恥じることなく、おこがましくも武器にして、きみたちこそ会社を弱いものいじめするんじゃないか!」
声高に責められたとはいえ「いや、怒鳴るべき相手は、わたしじゃないでしょ・・・」と呆れてしまい。
わたしが冷めた目をむけるのに、逆上したらしい社長は「いいだろう、きみはク」と叫びかけ、会社が揺れた。
「地震か!?」と騒然として、みんながしゃがみこむなか、みしみしと壁に破裂が。
悲鳴をあげるの逃げだすので会議室はごった返したものを、わたしは窓に目を釘づけ。
黒い鱗が生えた巨大な胴体のようなものが、窓にべったりとくっついていたから。
ほかの人には見えないのか、パニックになって目にはいらないのか。
なににしろ、わたしには黒いそれがビルを壊そうとしているように思え、また艶やかな表面には見覚えがあるようで。
膝が震えるのに歯を噛みしめて、立ちあがったわたしは会議室の扉にダッシュ。
大勢がエレベーターや非常階段で降りようとするのから背をむけて上へ上へ。
そうして屋上に跳びだすと、タイルの床に巨大な黒い蛇が顎を乗せていた。
予想していたとはいえ、腰をぬかしそうになり、でも、踏んばっておそるおそる近づく。
見た目も規模も、まったく重ならないとはいえ、その表面は濡れた髪を思い起こさせ「鬼女、さん?」と呼べば、応えるように細い舌をちらり。
「わたし、いじめられていた彼を知っているの」とやはり鬼女さんの声で語りだした。
「河原をとぼとぼ歩いていたから、いつもみたいに赤ん坊を抱かせて川に引きずりこもうとした。
でも、彼は赤ん坊を愛おしそうに抱いたまま、わたしが正体を明かしても、逃げずに命乞いもしなくてね。
こう云ったの。
『男なんかに生まれてくるんじゃなかった』って」
委員会の彼女たちに、さんざん差別と迫害をされたのだから、そう思うのもしかたないこと。
化物も同情してくれたのかと思いきや、そうではないらしく。
「それを聞いて思った。
女しかいない世の中はごめんだって。
男の固い肉、女の柔らかい肉、どっちも、その日の気分によって食べたいもの」
なかなか残忍な物言いだが、「そっか」と笑ってしまい。
黒い蛇も心なし口角を上げつつ「早く逃げなさい」と舌をちろちろ。
わたしを最後に全員脱出したところで、ぐるぐると壁に巻きついた巨大な蛇はビルを粉砕した。
アメリカなどで意図的に爆発し倒壊させるようにビルは見事、垂直に崩れ落ち、高々と砂埃が巻きあがって。
砂埃が薄まって、堰をしながら見やったところで、巨大な黒い蛇はどこにも見当たらず。
「彼も鬼女さんもどこ行ったのだろう」と呆けて、砂埃を眺めていたら「くそお!くそおおお!」と背後で社長が頭を抱えて嘆いたもので。
「どうしてこうなったんだ!」
男女格差是正委員会を野放しにしたから。
男性社員を見捨てたから。
わたしの問いにまともに応えず、自分の過ちを認めなかったから。
いくらでも返す言葉が思いついたが、口にはせず。
つけあがる彼女たちを止められず、二人が餌食になるのを見て見ぬふりをしていた、わたしへの、これは報いでもあるから。
委員会の彼女たちの件を除けば、不服のなかった仕事、安定した収入、まわりから信頼される社会的地位を失ったわけだが、粉々になったビルを見て、せいせいとしたものだ。
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