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「どうして盗んじゃだめなの」と問う彼は鬼火になって笑う
【鬼火(おにび)】
空中に浮かぶ謎の火の玉として全国に知れ渡る妖怪。
人や動物の死体から浮かびあがった霊、人の怨念が形となったものとされている。
生きた人間の精気を吸うなど、さまざまな逸話があり、大きさも三センチから、ニ、三〇メートルあるとの諸説が。
幼いころ友人のおもちゃを盗んだ。
すぐに気づいた友人は騒いだとはいえ、よく物を失くす常習犯だったから。
「また外に持ちだして、どこかに置いてきたんでしょ」と親は呆れて取りあわず。
紛失した覚えのない友人は「あの日、遊びにきたお前らの誰かが犯人だ!」と俺を含めた六人のクラスメイトに疑いの目を。
詰問をされて冷や冷やした一方「どうせ、すぐに飽きるだろう」と高をくくってもいた。
彼は頻繁におもちゃを買ってもらい、俺たちに見せびらかすのだ。
最新のおもちゃを買い与えられれば、盗まれたものへの執着などすぐになくすだろう。
時間が解決してくれ、おもちゃは盗んだことがばれないまま、そのうち完全に俺のものになる。
「ざまあ」と鼻歌を吹きつつ、ベッドの下に隠していたおもちゃを引っぱりだして眺めていたとき、部屋のドアを開けて祖母が登場。
「それ、どうしたの」とにこやかに問いかけられ、俺はとっさに嘘をつけず。
祖母は寺の住職だからもあってか、なにかと目ざとく、俺のわるさにいち早く勘づくことが多っかたし。
親にばれずに済んでも、ほっとしたところで祖母に悪事を暴かれるのがいつものこと。
今回も逃れられないようで「盗まれたという友だちのおもちゃじゃないの?」とどんぴしゃり。
食卓でしらじらしく話したのが仇になったか。
どうやっても言い逃れできない状況ながら、おもちゃを抱きしめてだんまり。
怒るでなく「おもちゃを返して謝ろうね」とほほ笑む祖母に「でも」とどうにか刃向かおうと。
「いつもあいつが意地悪だから。
俺があのおもちゃ欲しいって話したら、すぐに買ってもらって自慢するんだもん」
言い訳になってない戯言に祖母はうんうんと最後まで聞いて「じゃあ」と提案。
「おもちゃを返して謝ったあと、自慢されるのがいやだったって伝えたらいいよ。
本人は気づいてないかもしれないから」
「そんなわけない」「俺が羨むのを笑っているんだ」と反発心が膨らんで無言。
しばらく間を置いて祖母が告げたことには「『盗み』の罪は優ちゃんが思う以上に重いのよ」と。
「昔、寺に盗みにはいった僧侶が死んでもあの世にいけず、鬼火となって長くこの世にとどまりさ迷った。
鬼火を見た人の証言では、拷問を受けているかのように彼の顔はひどく苦しげだったと。
延延と炎に身を焼かれて、その激痛を味わうという罰を受けたのだろうといれているの」
俺は坊さんではないが、住職の孫だ。
「死ぬことも許されず・・・」の一言がとどめとなり、慌てて俺はおもちゃを友人の家に返しにいき頭を下げてから、本音を告げた。
「俺が欲しいと口にしたおもちゃを次々と買ってもらって、いちいち見せてくるのがいやだった」と。
意外にも友人は責めることなく「そっか・・・」と寂しげな顔をして呟き、以降、おもちゃをお披露目せず。
なんて経験を経て、祖母のいいつけのなかでも鬼火については深く記憶に刻まれたもので。
それから中学生になり、こんどは俺の漫画が盗まれた。
友人に貸そうと鞄にいれていたはずが。
「チャックが開いていて落ちたのか?」と教室を見回ると、なんと斜め前の大谷が同じ漫画を読んでいる最中。
偶然かと思いきや、表紙にはひらがなで俺の名前がでかでかと。
小学生のとき買ってもらえたのが嬉しいあまり、つい名前を書いた俺のにまちがいない。
それにしても盗んだにしろ、そばに俺がいるというに堂堂と読む神経が知れず。
今一、怒りが湧かなくて「な、なあ、それ俺のだよな?」と声をかけるのも、おそるおそる。
「んーそう。お前、昨日、近藤に漫画持ってくるっていってたから。
鞄覗いたら、ちゃんとあったし」
あっけらかんと笑うのに俺のほうが気圧されつつ「よ、読みたいからって勝手に持っていくなよ」となんとか苦言を。
「それじゃあ盗みと同じだろ」
「どうして盗んじゃだめなの?」
屈託なく質問されて言葉につまってしまう。
返す言葉が思いつかないうちに、ぺらぺらとしゃべる大谷。
「俺の親父がいっていたんだよ。
金のあるやつは欲しいもの難なく買える。
けど、俺たちは貧乏で買えるのは不可能だから人のを盗んでもいいって。
だって、金のあるやつは盗まれても、また買うことができるし」
似たような考えで、過去におもちゃを盗んだことがあるだけに耳が痛い。
「お前もどうせ、すぐに新しいの買えるんだろ?」と屁理屈に押しきられそうになったが、ふと祖母の顔を思いだし、鬼火の話をしてやった。
とはいえ、大谷が寺の息子や孫ではなさそうだったから、盗みを働いたのは「僧侶」でなく「男」にして。
少少、話を改変しながら、あのときの俺と同じように改心することを期待するも、鼻で笑った大谷曰く「そんなの子供を従わせたい大人の方便じゃん」と。
「お前、つまんないやつだな」
漫画を放って返してくれたとはいえ、どれだけ俺がショックを受け、傷ついたやら。
「祖母が、そんな・・・」と大いに惑わされた一方、大谷は迷わず我が道を進み、まわりの人のものを盗みまくった。
もちろん学校で問題となり、公立にもかかわらず退学処分。
クラスで大谷を見かけなくなって、すこし、ほっとしつつ「ざまあ」とは笑えず。
複雑な思いを持て余したまま、大谷のことを忘れられないまま、それから年月を経て、俺は大学三年生に。
カラオケのドリンクバーでため息をついたところ「あれ?栗田じゃね?」と呼ばれ、見やれば大谷が。
お互い成長しつつも、一目で分かるほど面影がのこっているよう。
漫画泥棒の一件をいまだ鮮明に覚えている俺ならまだしも、誰のものでも屁でもなく盗みをする大谷が忘れないでいたのは意外だったが。
驚きだけでなく、いろいろな思いが溢れたとはいえ、現状を思いだし、またため息。
「なに、どうしたんだよ!憂鬱な顔をして!
俺一人カラオケで、休憩中だから話聞いてやるよ!」
肩を抱いて喚くのに「こんな親しげだったけ?」と訝しみながらも、言葉に甘えて大谷のカラオケルームに。
すこし酔っていたこともあり、今抱えている悩みを吐露してしまい。
「大学にはいってすぐ女の子を好きになったんだ。
そのことを友だちに話して相談に乗ってもらっていた。
おかげで彼女と距離を縮められて、三人でいい関係を築けていたんだけど・・・。
大学二年になって彼女、友だちに告白をしたんだ。
友だちはOKしちゃって・・・。
俺が相談するうちに、彼女のことが気になって惹かれていったらしい。
二人は交際しだしたものの、それまでと同じように三人で仲よくしていた。
で、大学三年になったら、こんどは友だちが急に一年休学して『世界を見てくる!』って日本を飛びだしやがって。
しかも『彼女のことを頼む』ってな。
事前に彼女にも知らせていなかったようで。
そりゃあ、彼女は怒って悲しんで寂しがって、その思いを俺は受けとめて宥めて慰めた。
友だちの約束を守るために。
でも、このごろ、約束を破ってしまいそうなんだ・・・。
彼女が思わせぶりな発言をしたりするから。
『栗田くんが彼氏だったらよかったのに』ってしなだれたり『寂しいから家に帰りたくない』って夜に誘ったり。
今日も『サークル仲間とカラオケしている』って聞いてやってきたのに、彼女一人だけしかいないし、酔っぱらって色じかけしてくるし」
「俺どうしたら・・・」とうなだれると、肩を撫でながら頬に顔を近づけて大谷が囁いたことには「盗んじゃえよ」と。
「だって、先に盗んだような真似をしたのは友だちだろ?
お前がどれだけ彼女が好きなのか知ってたなら、断るべきだったんじゃないか?
告白を受けるにしろ、お前に事前に打ちあけたり、謝らなかったんじゃないか?
そこまで非礼を働いておいて、おまけに『彼女のことを頼む』ってふざけすぎじゃないか?
お前、そいつにとことん舐められてんの分かんねえの?
人をこけにして盗むような真似したやつから盗みかえしたって罰は当たんねえって」
ひどく悩み葛藤する今、大谷の説得は深く心に染みる。
「そうだ!そうだよな・・・!」と勇ましく立ちあがったが、同時に亡くなった祖母の顔が脳裏に浮かんで。
住職の格好をしていたから、なおのこと無視できずに、よろよろとソファに座りなおす。
心配そうに覗きこむ大谷をちらりと見やり、過去の胸の傷みを覚えながらも自分の意見を。
「まずは、あいつに彼女の現状を伝えて、そのうえで俺がまだ好きだってことを打ちあけるよ。
それから二人が話しあいをする時間を与えて、その結果、彼女がどういう決断をするか、それに従おうと思う・・・」
「また大谷が嘲るだろうな」と覚悟していたものを、しばし無言。
振りかえると、おもむろに立ちあがり、無表情のまま俺を見下ろす。
声をかけようとしたら、にわかに大谷の全身が炎に包まれて。
苦悶の表情を浮かべながら「こうなったのはお前のせいだ、だから道づれにしようと思ったのに・・・」と恨み言をつらつらと。
「やっぱ、お前、つまらないやつだな」
過去を再現する一言をのこして、燃えつくされて灰になり消失。
それから夢心地のまま、彼女を家に送り届け、友人との恋愛沙汰はさておき、大谷の名をネットで検索。
ヒットしたのは強盗事件のニュース記事。
田舎のほうの一帯で強盗事件が多発。
近ごろも寺が襲われたのだが、住職が猟師を兼業するタフな人だったらしく、猟銃をぶっ放し、強盗団を追いはらったとか。
そのとき死んだのが大谷らしい。
まさに祖母が語った昔話のとおりの道を辿ってしまった大谷。
やはり「ざまあ」と笑うことはなく「あいつも身内か親戚に坊さんがいたのかな・・・」と意外にも悲しんだもので。
「やっぱ、お前、つまらないやつだな」と笑った顔は昔とちがい含みがなく、やや嬉しそうに見えたから。
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