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「黒だね」
阿部が言った。
ユイが夏の風をうけながら、橋の向こうからこちらに歩いてきている。
僕は隣にいる阿部に言った。
「まだ判らないよ」
「状況証拠はそろっている。物証もそのうち出る」
阿部は欄干を手すりにして、川の流れを見ているようだった。
ユイは僕の幼馴染だ。
夏の日差しが似合う、明るい女の子だった。
捜査線上に彼女が浮上して、僕は事件から離れた。
けれど同僚の阿部から、捜査状況はあらかた聞いている。
確かに、ユイの容疑は濃厚だった。
けれど。
「信じられないよ」
「だからお前は外されたんだよ」
ユイは僕に気付いていて、笑顔で歩いている。
僕もそれを眺めながら微笑んだ。
大人になった今も、夏の日差しが似合っていた。
阿部が欄干から手を放し、僕と同じように、ユイの方へと体を向けた。
「お前は来ない方がいい」
阿部が言う。
僕は今日、非番の日だ。
ただ、阿部に頼まれて、ユイを呼び出す役目を果たしただけだ。
「信じられない」
僕は言いながら、あと数分もすれば僕がそのセリフを、ユイから浴びせられるんだろうなと、ぼんやりと考えた。
遠くの空に真っ白な雲がいくつか浮かんでいた。
橋の上では、夏の風が少しだけ涼しく感じられる。
ユイのサマードレスは、その風にゆらゆらと揺れている。
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