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1.マリア
マリアが消えた。
ある日突然、それまで動いていた彼女のSNSアカウントがすべて削除された。電話番号も解約されたのか、繋がらなくなった。
極め付きは彼女の実家ですら彼女が今住んでいる場所も勤め先も知らないという状況。
「あの子、こういうこと初めてじゃないのよ。たまに心機一転やり直したくなることがあるみたいで。多分、今回もそれだと思う。心配しないでってメールだけは一本、来たし」
などと言うマリアの母を美々は信じられない思いで見返す。
それでも母親だろうか? 娘がいきなりいなくなったのだ。もっと慌てふためいて捜索願を出したっていいくらいなのに。
「気にしすぎだよ。もう三十過ぎた大人だよ? 自分なりの人生を歩いてみたくなることだってあるだろ」
婚約者の直人もいたって冷静だ。
その彼の言葉に憤りがますます増した。だって直人は他人なのだ。マリアのことをなにも知らない。
そんな彼にマリアについて語ってほしくない。前回、マリアが職場を変え、引っ越しをしたとき、実家には連絡しなかったのに、美々にだけは教えてくれたのだ。美々はマリアにとって家族よりも近い場所にいるのだ。
「なにかあったんだよ。絶対」
「考えすぎだと思うけどなあ。そもそもさ、美々はマリアさんに依存し過ぎじゃないか? 朝、その日着る服の相談までしてるってちょっと仲がいいを越えている気もする。っていうかさ」
直人が唇を歪め、脱力した顔で美々を斜めに見やった。
「絶対、俺とのことも相談してるよね。全部」
「だってマリアちゃんは私にとってお姉ちゃんみたいなもんなんだもん。マリアちゃんの言う通りにしていれば間違いないし……それに」
マリアだけなのだ。美々のことを「すごい」と言ってくれるのは。
直人だって美々のことを好きではいてくれるだろう。でもなんとなくわかる。直人が求めているのは、すごい美々、じゃない。
「まあいいけどさあ。あ、そうそう。新居のこと。母さんが実家の敷地に家、建ててくれるみたいでさ。だから式終わったらすぐそっち引っ越しってことで。よろしくね」
「わか、った」
ぎくしゃくと頷くと、直人はスマホに向き直ってしまい、それ以上美々の言葉を聞いてくれる気はないようだった。
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