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2.信じる色
美々はスマホを握りしめる。
加藤マリア。
美々より三つ年上の隣のお姉さん。一人っ子の美々にとって本当の姉のような存在。
マリアだけは美々を否定しないでいてくれた。人より鈍臭くて、他人の視線が怖くて、ついついおどおどしてしまって、口癖は「ごめんなさい」で。馬鹿にされても声をかけてもらえるだけましだとすら思ってしまう、そんな卑屈な自分を、マリアだけは認めてくれた。
「優しいんだね。美々ちゃんは。だから周りのみんなに強いことを言えない。誰かが苦しいくらいなら自分が苦しいほうがいいって思っちゃうんだね。そういうの私はすごいって思うし、真似できないって思うよ」
マリアは美々と違って何でもできた。運動も勉強も。美々には受験すら許されないような超難関の進学校に通い、所属していた陸上部でも優秀な成績を残し、大学は都内の有名私立大学へ入学した。
その後もとんとん拍子で階段を駆け上がり、大手商社に入社した。そこで六年勤めた後、突然退職し、なにを思ったのか花屋に転職した。
「なんか数字ばっかり見てるより、こっちのほうが合ってたみたい」
そんなふうに言いながらマリアは手をあかぎれだらけにして笑っていた。
ただ……そうなのだ。マリアはいつだって自分で決めた。美々に報告はしてくれたけれど、それは相談ではなかった。美々が聞かされるのはいつだってすべてが進み始めてからだった。
それを寂しいと思ったこともある。けれど美々はやむを得ないとも思っていた。
自分はマリアとは違う。満足に自分自身のことすら決められないのだ。仮にマリアが美々を頼ってくれたとしても、美々がマリアにしてあげられることなんて何もなかったに違いない。
でも……マリアはそうでも、美々はやっぱりマリアがいないと駄目なのだ。
マリアがいなければ、ちゃんと立っていられない。
だから探した。マリアの同級生たちをfacebookから見つけ出し、連絡を取り……。
自分でも信じられないほどの行動力だったと思う。
そうして……見つけた。
マリアは下町に小さな店を開いていた。
Airy
彼女が代表を務めるその店のホームページを見て美々は思わずほうっと息をついた。
色とりどりの花々が画面の中、ひしめく。その中央に瀟洒な飾り文字でコピーが記されていた。
──ふたりとしていないあなたへ。信じる色があなたの色になる。
彼女がなにを思ってこの言葉を掲げているのかはわからない。けれどなぜかこの言葉を目にしたとたん、胸がずきり、と痛んだ。
痛みの意味もわからぬまま、美々は彼女の店へと走った。
マリアに会いたかった。マリアに会えば、不安は消える。そう信じて。
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