3.変貌

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3.変貌

 雑居ビルの一階にあるその店は……花屋ではなかった。  花屋であるなら、通りに向かって全身で訴えかけるように店先が華やいでいるはずなのに、マリアの店には開放感はかけらもなく、木製のアーチ型のドアはむっつりと閉ざされていた。  店内をわずかにでも窺えないかと美々はドアの横に穿たれたガラス窓に頬を寄せる。レースのカフェカーテンの下部からわずかに見て取れた店内は薄暗かったが、白や赤、黄、ピンク、水色などさまざまな色がひしめいていることだけは見て取れた。  花屋、なのだろうか。にしても少し様子が違う……とますます窓に目を近づけたとき、なにか御用ですか? と呼びかけてくる女性の声が背後から聴こえ、美々は小さくその場で跳ねてしまった。 「あ、ごめんなさい。違うんです。あの、私」  言いながら振り返った美々と、声をかけた女性の目が合う。ふうっと女性の目が見開かれた。 「美々ちゃん?」  名前を呼ばれて目を瞬く。  美々よりもわずかに背が低い、ショートカットの女性だ。見覚えは……と思いめぐらしていて気づいた。 「まり、あ、ちゃん?」  自信がない声が出てしまったのはマリアの見た目が驚くほど変わっていたからだ。花屋に勤めていたとき、つまりマリアが姿を消す前、彼女は豊かな黒髪をいつも背中できりりと結わえて立ち働いていた。その長い髪の先が尻尾のように揺れるたび、活発な彼女らしいと眩しい気持ちで見つめていたものだ。  だが今の彼女は襟足を潔く刈り上げ、前髪も眉の上でぱっつんと切っている。 「びっくりしたあ。え、なんで? 私、話してなかったよね?」  髪型のせいか、幾分幼く見える顔で笑うと、抱えていた紙袋をゆすり上げ彼女はドアを開けた。 「まあ、いいや。お茶でも入れるよ。入って」  からん、とドアベルが鳴る。その音に促されるように美々は店内に足を踏み入れた。  目の前に広がるのは……花畑。でも、少し、違う。 「これ、あの……造花?」 「ああ、うん。そうそう。よくわかったね」  よっこいしょ、と紙袋を店の奥、レジカウンターの裏に下ろし腰を伸ばしたマリアがこちらを振り返った。 「まあ、普通はポリエステルとかウレタン、布を使うのが多いんだけど、うちは紙一択。テッシュや和紙、半紙なんかも使ってる。紙は変色しやすいから日光あんまり入れられなくて。ごめんね。少し暗いかもだけど」 「それはいいけど……あの、マリアちゃん、生きているお花、好きだったよね。これは……」  そうっと周囲を見回し、美々は言葉を濁す。  バラ、ガーベラ、小手毬、菊、カラー、向日葵、すみれ、菖蒲、ポインセチア、リンドウ、百合……。  季節感も考え得る用途もばらばらの花々。銀色のバケツにざっくりと生けられているそれらはリアルで、造花と言われなければ、本物の花かと勘違いしてしまいそうだ。だが、漂ってくるのは生の香りではない。香って来るのは……少し粉っぽい香の匂い。 「この花たちは生きていない?」
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