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4.欠席
レジカウンターの奥の厨房から声がする。こぽこぽ、という音と共に店内に漂っていた香にコーヒーの香ばしさが重なった。
「そういう、ことじゃないけど。マリアちゃん、どうしちゃったのかなって……」
「まあ、そっか。びっくりしたよね」
軽い返事と共に、食器が触れ合う音がする。トレイにカップを乗せて奥から出てきたマリアは、店の中央にある丸テーブルを掌で指し示した。
「座って。美々ちゃん。良かったらコーヒー飲んで」
有無を言わせない口調。穏やかだけれど、マリアの声はいつも美々の背中を押してくれる。安堵しながら美々は言われるままに腰を下ろした。
「結婚式、もうすぐでしょう? 髪も式用に伸ばしてるんだっけ。準備、進んでる?」
「あ、えと、うん。髪は……ドレス用にと思って伸ばしてて、そっちはいいんだけど、やっぱりいろいろ悩み多くて……。マリアちゃん、聞いてくれる?」
いいよ、とも言われる前に美々は口を開いていた。
結婚式の引き出物は洋菓子ではなくて和菓子メインになりそうだけれど、本当にそれでいいのか迷っていること。
母への手紙の内容がどうしても思い浮かばなくて困っていること。
結婚後、直人の家の敷地で直人の両親が用意した家で暮らすことになっているけれど、その場合、料理は母屋で作ることになるのか、それとも直人と二人分でいいものか、よくわからないこと。
「美々ちゃんは相変わらず大変そうだなあ」
奔流のように語り続ける美々を眺めながらマリアは呟く。そのマリアに向かって美々は身を乗り出した。
「そうだ! マリアちゃん、結婚式、出てくれるよね? 招待状、送りたいのにマリアちゃん、住所変わっちゃったて、送れなくて」
「ああ、うん。ごめん。ただ、そうだなあ。出席は難しいかな」
さらっと言われ、美々は目の前が暗くなった。一番信頼していて、一番大好きで。その彼女が来てくれない……?
「え、あの、でも、なんとか……」
「店もあるしね。行けないと思う。ごめん」
「でも……あの、お客さん……」
今日は土曜日だ。にもかかわらず客の姿がまるでない店内を見回すと、ふっとマリアが笑った。
「まあ、さ、出られないけど。でも美々ちゃんが結婚してくれるのはうれしいって思ってるから。だからそうだな、ブーケ、作って送るよ。どんな花がいい?」
コーヒーカップを両手に持ち、マリアは湯気に目を細めるようにする。マリアの問いに美々は言葉に詰まる。ほしい答えはもらえず、問いだけが降って来る。いつもの彼女とのやり取りでは味わったことのない状況に完全に混乱していた。
マリアは無言で美々を見据えた後、一口コーヒーを飲み、カップをかちゃり、と置く。
「まあ、美々ちゃんはこう言うのか。マリアちゃんのオススメでって」
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