5.石炭袋

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5.石炭袋

「あ、うん。マリアちゃんが選ぶものなら、間違いないから。それでお願い」 「美々ちゃんさあ」  唐突に声に尖ったものが混じる。え、とテーブル越し、マリアを見返すと、マリアは眉をひそめてこちらを見据えていた。 「なんでも私の言いなりだよね。あのときもそうだったけど」 「あのとき……?」 「覚えてない? 学校帰り、河原でさ。私、美々ちゃんに言ったよね。キスしていい?って」  ふっと夕日の河原が瞼の奥に蘇って来る。  確かに……そう言われた。あの日、美々は学校でいじめられて河原でひとり泣いていた。そこにマリアが通りかかった。  マリアはいつも通り優しく美々の頭を撫で、泣きぬれた頬をハンカチで拭ってくれた。  そのときだ。マリアが言ったのだ。  キスしていい? と。  突然過ぎて意味がわからなかった。わからなかったけれど、美々は頷いた。  マリアは美々にとって大切な人だ。そのマリアがそうしたいならそうすべきだと思ったから。 「あの日さ、私ね、告白してフラれたんだよね。絶対オッケーされるって自信満々に行って、木端微塵。しかもさ、フラれた理由が笑えるの。好きな子がいるからって。その相手がさあ、美々ちゃんみたいなとろくて優柔不断で、いっつも人の後ろに隠れてるような子でさ」  マリアの顔は笑っている。けれどこちらに向けられた瞳は、真っ暗に沈んでいる。さながら、宇宙の果ての石炭袋を覗き込んででもいるかのように。 「だから、美々ちゃん見てたらイライラしちゃってさ。こいつどうせファーストキスもまだだろうし、奪っちゃえって。で、見事いただきました。ふふ」 「マリア、ちゃん?」  必死に呼ぶが、瞳の奥の空洞は埋まらない。その間もマリアの口からは、周囲をじりじりと闇へ侵食する、煤めいた言葉が流れ出し続ける。 「美々ちゃんってさ、卑怯だよね。自分でなにも決めない。なにも選ばない。マリアちゃんがマリアちゃんが。失敗してもマリアちゃんのせい。マリアちゃんは完璧だから、そのマリアちゃんに認めてもらえる自分は全然駄目じゃない。自分自分自分自分。全部そればっか」
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