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6.本物
「そんな、こと」
そんなことない。そう言い返したかった。でも美々にはできなかった。
実際、マリアに反論できるほど、美々はここ数年ちゃんと自分で選んできていないのだから。
結婚にしてもそうだ。母親に勧められてお見合いして、マリアに相談して。
いいんじゃない? と軽く言われて。
それで決めた。
「面白かったんだよ。私にどんどん依存していく美々ちゃん見てるのはさ。でも……私はちゃんとわかってるの。美々ちゃんが言うほど私はすごい人間じゃないってことくらい。私は美々ちゃんが憧れるような本物じゃないから。この花たちと同じ。香りもなにもかも嘘っぱち。でもさ」
マリアの目からつうっと雫が落ちる。拭われなかったそれははらはらと落ちてマリアの手の甲で弾けた。
「本物じゃないって言ったら美々ちゃんのほうじゃん。なのになにも選ばなかった美々ちゃんが結婚して? 幸せになって? 家まで建ててもらって? それでも愚痴言って? 自分が持っているもの、なにもわからないままに私にまだもたれかかるの? 私は支えられるようになんてできてないのに? これからもずっと?」
マリアちゃん。
名前を呼びたかった。けれど美々には呼べなかった。
マリアの全身から湧き出す拒絶が美々が声を出すことさえ、禁じていたために。
「気づけよ。あんたから離れたかったから全部捨てたのに。なんで来るの」
ごめん。
やっとのことでそう言って席を立った。マリアの両手が顔を覆う。
逃げるように店を出る美々の背中で、ドアベルだけが陽気にからん、と鳴いた。
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