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7.チューリップ
数日後、マリアから届いたのはチューリップのアートフラワーだった。
届いたそれを見て、美々は固まる。
段ボール箱の中に入れられたそれは……黒一色で作られていた。
「うわ、なにこれ」
届いたブーケを見た直人が顔をしかめる。
「え、これ、マリアさんから? なにこれ。普通、結婚の祝いにこんなの贈るか? 常識ないな」
言いつつ、直人が美々の手からブーケを取り上げた。
「前からおかしいと思ってたんだよな。ああしろこうしろって美々に命令してさ。美々も悪いけど、ちょっと普通じゃないっていうか」
やめて。
「わざわざ会いに行ってやったのにこの仕打ちはあんまりだろ。ほんと最低。美々、気にすることないよ。こんなの」
やめて。違う。
マリアちゃんは、悪くない。
マリアちゃんは……。
声が出ない。止めたいのに、なのに。
だが、直人がゴミ箱の蓋を開けるのが見えたとたん、美々の体が動いた。
「だめ!」
体当たりするように直人の腕からブーケを奪う。黒い花束を胸に抱え込んだ美々を直人がきょとんとした顔で見る。
「え? なに? なんで?」
「マリアちゃんがくれたものだから!」
怒鳴って美々は花束を抱え、部屋を走り出た。どこに行くかも決めぬままに走る美々の腕の中で黒いチューリップがさわり、さわり、と揺れる。その美々の耳の奥で、ふとマリアの声がした。
──花屋やってて楽しいなあって思うのはさ、お客さんがどんな思いでその花を選んだのか、少しだけでも知ることができるとこかも。ほら、花言葉とかさ。赤いバラで愛している、とか白いマーガレットで秘めた恋、とかね。
じゃあ、黒いチューリップは?
息を切らしながら美々は立ち止まる。ポケットに入れっぱなしにしていたスマートフォンを取り出し、検索する。
黒いチューリップ。花言葉。
いくつかのサイトがヒットする。そのうちの一番上をクリックし、スクロールした美々は深く息を吐いた。
書かれていた言葉。それは。
──私のことは、忘れてください。
「やっぱり、やっぱりそうかあ……」
自分は一体、どんな言葉を彼女に期待していたのだろう。
当たり前なのだ。ずっと。ずっと本当はずっと、気づいていた。
彼女が苦しそうにしていたことを。
キスしていい? と言って、頷いた美々に口づけして……その後、彼女が零れ落ちた涙を必死にごまかそうと明るい声で話し続けていたこと。
最初の会社を辞めるとき、合わなかったみたいなんだ、と笑いながらも目が赤かったこと。
でも、自分はなにも言わなかった。気遣う言葉を一切、口にできなかった。
マリアとは違う、自分は駄目だ、自分は駄目だ、と言い続けて。
駄目な自分になにができるわけもないと思い込んで。
その自分が発する、駄目だこそ、マリアを苛立たせていたというのに。
その態度こそ、彼女を傷つけるものだったというのに。
だから自分は受け入れなければならないのだ。彼女からの別れを。離れたいと思う彼女の心を。
痛くても。苦しくても。
滲んだ目で花言葉のサイトをなぞり、美々は画面を暗転させようと指を動かす。が、そこでふっと指を止めた。
チューリップには本数によっても意味がある。
マリアがそれを知らないわけがない。
腕の中にあるチューリップの本数は、15本。
チューリップ15本の意味は。
──ごめんなさい。
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