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8.それでも
「ごめんは……私……」
決して綺麗なだけの人ではないのだろう。
決して完璧でもないのだろう。
でもやっぱり、マリアちゃんは優しい。
ごめんなさいを込めてくれるあなたは、優しい。
零れてきた涙を押さえ、美々は再び走り出す。髪をなびかせ走って走って、最初に見つけた美容院に飛び込んだ。
汗まみれの美々に男性美容師がぎょっとしつつ、いらっしゃいませ、と頭を下げてくる。
「髪を……切ってください」
「は……あ、ええと、どれくらいに」
まだ年若い美容師が目を白黒させる。美々は大きく肩で息を吸ってから、深く吐き出した。
「耳が出るくらいに。結べないくらいに」
結婚式で結えないくらいに。
こんなことをしてどうにかなるものでもない。直人は激怒するだろう。両親にも呆れられるかもしれない。
それでも、このまま自分でなにも決めずに結婚なんてできない。
彼女がもう決して許してくれなかったとしても。
自分は、自分で決められる自分にならなければならない。
「お客さんの持ってきたお花、造花なんですね」
中性的な面差しをした美容師が美々の髪にざくざくとハサミを入れながら問う。
「あ、ええ。作ってもらって」
友達に。
言いかけて躊躇う美々の後ろで相変わらず手を動かしながら、いいですね、と美容師の彼が笑った。
「僕、生花ってアレルギーあって。かといってプラスチック? みたいなのでできた造花ってなんか味気なくて。あのお花は紙なのに生きてるって感じがすごくします」
生きている。
──この花たちは生きていない?
あのとき耳にしたマリアの悲しげな声に胸が詰まる。俯くと、美々の背後で踊っていたハサミが止まった。
「生きてるって言ってあげたら良かったな、私も」
そうしたら、マリアは泣かなかったかもしれないのに。
本当に馬鹿だ。
膝の上に落ちているのは、長い髪。ここまで怠惰に生きてきてしまった、証。
黒々とした切れ端を数秒見下ろし、美々はぐいと手の甲で涙を拭った。
「どうぞ、続き、切ってください」
再びハサミが動き出す。白いケープの上、さりさりと髪が滑り落ちていく。
少しずつ軽くなる頭の一方、切り離されていく黒。
それは、マリアがくれたチューリップの深い黒に良く似て……遠くの星のようにしっとりと輝き続けていた。
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