寝台列車「北斗星」の悲劇

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「さあ、そこの椅子にかけるがよい」  喜八郎さんのすすめで座る。品の良いブラウン色をしており、部屋の調度とマッチしていた。ひじ掛けが絶妙な高さで座り心地がいい。やはり、喜八郎さんの家は落ち着いた雰囲気だった。 「風の噂によると、諫早殿は小説家になったらしいのう。夢がかなったわけじゃ。ほれ、ここに一冊ある」  喜八郎さんが手元に持った本の表紙を見せてきた。そこにはこう書かれていた。「諫早周平著」と。  嬉しいと同時に恥ずかしくもあった。彼には卓越した推理力がある。僕が書いたミステリーのトリックなんてすぐに見破ったに違いない。 「まあ、なんとか生活できるくらいには。これもあなたの教えがあってこそです。昔よりは先入観を持たずに物事を見れますし、観察力もあがったと思います」 「さて、今日はなんの用で来たのかのう」 「それが……最近行き詰ってまして。俗に言うスランプです。そのとき思ったんです。喜八郎さんと話せばなんとかなるんじゃないかと」 「ほう、どういうことじゃ?」 「あなたには豊富な知識と物事の本質を見抜く力があります。僕の陥っている状況を話すことで、的確なアドバイスをもらえると思って」 「ふむ、嬉しい言葉じゃ。素直に誉め言葉として受け取るかの。して、そこにある袋はなんじゃ?」  彼は僕の足元にある袋を指して言った。 「これは手土産です。この前、取材で島根に行く機会があって」そう言いながら袋を渡す。 「ほう、これは嬉しいのう。しかし、東京から島根とは、かなり距離があるの。新幹線で行くには缶詰状態で辛かったろうに」 「それがそうでもないんです。時間にも余裕があったので、『サンライズ出雲』で行きましたから」 「寝台列車か。最近は『サンライズ』のみになってしまったからのう」  喜八郎さんはため息をつく。 「そうじゃ、諫早殿はスランプを抜け出したいとのことじゃったな。そのまま小説にされてはかなわんが、知的好奇心をそそる話がある」 「本当ですか!」 「まあ、あまり期待され過ぎても困る。なにしろ昔の話じゃ。さすがに細かいところは忘れておる。さて、どこから話したもんかのう。うむ、先ほど話題に出た寝台列車に関連する話じゃ。今から二十年ほど前になるかの。わしも寝台列車に乗ったのじゃ。『北斗星』は知っておるかの」 「ええ、名前だけは」 「そこで起きた血生臭い事件の話じゃ」  僕は椅子から身を乗り出す。きっと面白い話に違いない。
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