寝台列車「北斗星」の悲劇

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「問題は犯人の男が叫んだ台詞じゃ。違う車両におっても、よく聞こえたわい。『俺は殺す相手を間違えた』と。犯人はちょうど列車の真ん中の寝台を利用しておっての。警察が身柄を拘束して駅のホームに連れ出すとみな興味津々じゃった」  彼の言葉から当時の情景を思い浮かべる。深々とした夜、駅のホームには警察。多数の見物人。 「わしは犯人の言った言葉が気になったのじゃ。そこで、現場の光景をもう一度思い出した。被害者の老人は部屋の入口すぐに倒れておった。犯人が扉をノックして出てきたところをグサリとやったに違いない。ここまではいたって普通じゃ。諫早殿の言うとおりじゃ。ここからが興味深くてのう」  喜八郎さんの眼鏡の奥に見える瞳が輝いていた。 「わしは考えた。なにが犯人の計画を狂わせたのか。そこで事件の起きた時間を思い出してみた。函館を出てしばらくしてから犯行は起きた。して、諫早殿。スイッチバックは知っておるかの?」 「ええ。列車が駅に停車して前後を逆にして運転する、で間違ってませんよね?」 「うむ、そのとおりじゃ。スイッチバックは今まで先頭車両だったものが、今度は最後尾の車両になるわけじゃ。急こう配の斜面を登る列車に採用されておる。さて、ここまで言えば賢い貴殿のことじゃ。察しがついたのではないかの?」  あの島での一件以降、考える力はあがったものの今回に関してはお手上げだった。 「その表情を見るにまだピンときてないようじゃ。スイッチバックこそが事件の鍵じゃ。実はの、『北斗星』にもスイッチバックが採用されておっての。それは」 「まさか……」 「そのまさか、じゃ。わしはそれに気づくと事件現場とは反対側の車両に向かった。そして、とある個室の扉をノックしたのじゃ。部屋の主が出てきての、わしが連行されていった犯人の特徴について話すとこう言ったのじゃ。『それは私が金を貸している男に違いない!』と。ここまでくれば、事件の全貌が見えてこよう。こういうことじゃ。犯人はある人物を殺すために『北斗星』に乗った。しかし、うたた寝したのか他の事情があるのか、ともかく犯人はのじゃ。これで犯人の台詞に説明がつくのう。犯人は借金している相手を殺そうとしたが、間違えて無関係な人物を殺めてしまったことになる」 「どうじゃ、興味深い事件じゃったと思う。さて、本題のスランプ脱出の件じゃ。貴殿の状況を聞かせてもらおうかの」  僕は自分の置かれた状況を説明した。その晩は議論が白熱し、帰宅したのは深夜のことだった。
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