1人が本棚に入れています
本棚に追加
中央通りからちょっと外れた少し古びている7階建てビル。
その2階には、喫茶Loversというメイド喫茶がひっそりと佇んでいた。いつもは店の前でキャッチを行っているが、最近は売上が落ち込んで来ていることもあり、中央通りでキャッチをしていた。7月7日。
私、姫奈はLovers内で今働いている女の子の最古参でもあり、喫茶内人気メイドランキングで2位を死守している女の子だ。
裏を返すと一番お店で古株のクセにナンバーワンを取れない中途半端な女の子。
そうやって影でずっと馬鹿にされ続けていることを知っている。
そのため新たな顧客を獲得し、また自分がナンバーワンに成り上がるため、必死にビラ配りや声掛けをしていたが、基本全員無視。そりゃそうだ。メイド喫茶なんて、キャッチにほいほい着いていくもんじゃないだろう。
なんやかんや14時過ぎになり、そろそろ戻ろうかと帰路準備を始めると、ふと俯いている金髪の男性が視界に入った。
顔のビジュは普通よりも良いぐらいか?と思いまじまじと遠巻きに見ると頬が赤く腫れており、少し涙目になっているのが分かった。
「さては彼女に振られたな、ご主人様…。」
独りごつ。とこれはもしやチャンスなのでは?とハンカチを出し、走って彼の元へ近寄った。
「ご主人様!金髪のご主人様!」
何度か声をかけてやっと男性が振り向く。とても泣いたのかものすごく目を腫らしているのが分かった。
「あの…大丈夫ですか?」
「キミ、メイド喫茶のキャッチだろ…?俺に構うなよ…さっきフラれて来たばっかでメンタルやられてんだから…」
踵を返そうとする男性。私はすかさずこのチャンスを逃すまいと手を掴む。
「ちょっと、キミ…」
「ご主人様が悲しそうにしてるのが見えたから、それを見て私も辛かったから。だから声をかけたんです。今は独りで孤独な街に放りだされてしまったかもしれないけれど…私がご主人様にはいますから…」
そう優しく畳み掛け、ハンカチを渡した。
「ご主人様、今頬を冷やす物買ってきますから。少しここで待ってていただけますか?」
「えっと…」
男性の返事を待つことなく私はコンビニへ向かった。
すぐさま冷たい水と氷を買って戻る。男性はしゃがみこんで大粒の涙を流しながら、大事そうにハンカチを抱えていた。中々女々しいな…。
「お待たせいたしました。せっかくのかっこいいお顔、赤く腫れてしまったら台無しになってしまいますから…氷で冷やして下さい。後、落ち着くためにお水も買ってきたので飲んでください」
男性は驚いたように目を見開き小さくありがとうと言って素直に氷と水を受け取ってくれた。
5分ほどたってからようやく落ち着いたのか男性が喋りだした。
「あの…本当にありがとう。だいぶ落ち着いたかな。氷と水のお金、払うよ。」
「いえ、いいんですよ。ふとご主人様の悲しいお顔が見えたので、どうしたのかと気になって。お声をかけて良かったです。ステキな方でしたので。」
「恥ずかしいところ、見られちゃったな…。さっきね、彼女に思い切りフラれた所で。今まで年齢イコール彼女なしでさ…。やっとマッチングアプリで初めて会って直ぐに告白したら無理って言われて。理由を聞いたら、そんな初めて会う人に急に告られても…とか、そもそもビジュが女々しく見えるところがキモいって言われて。嫌だ!付き合いたいよ!って泣き騒いだら、思いっきり頬を打たれて帰られちゃったんだ。」
「あの、私で良ければずっとお話聞きますよ!…ご主人様ともっと一緒に居たいので…。落ち着いたら1度是非、お店に来てください。そうだ、ご主人様、お名前は?」
そっと手を重ね、ニッコリと優しい笑みをうかべ名刺を渡す。
「俺は翔。お姉さんは…ひめな、ちゃん?」
「はい。姫奈と言います。翔さん、私はいつでも翔さんの味方ですから。いつでもお店にいらして下さい。もっと仲良くなりたいので。」
それでは、と素早く荷物を持ち立ち去ろうとする。
「姫奈ちゃん!」
翔さんが大きな声で呼び止めた。
「必ず、行きます。ハンカチもその時に返すから、待っててね!」
これぞキザという顔をしてスキップをしながら翔さんは街中へ消えていった。
これは堕ちたな、と嬉しい気持ちの反面どっと疲れが押し寄せて、少しだけため息をついた。
「ゆっくりと糸を絡めていけばいい…ようこそ私たちの…いえ、私の甘い巣穴へ…」
これから、私がやっとナンバーワンになれる未来が目視できるようになったことが感極まって私も小さくスキップしながらお店へ戻った。
後に私はナンバーワンになる夢を叶えるが、この男が想像していた以上を上回る女々しい男であり、糸を巻き付けた事を後悔することは、当時の私は予想すらしていなかった。
最初のコメントを投稿しよう!