38. 子龍の碧い瞳

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38. 子龍の碧い瞳

 ソリスは花々の上を飛ぶようにダッシュした。  近づけば、その龍の優しい瞳は碧く、セリオンと同じ輝きを放っているのが見える。 「セ、セリオン! うわぁぁぁぁ!」  ソリスは叫びながら討伐隊の囲む輪を一気に飛び越えると、今まさにセリオンに斬りかかろうとしている剣士に体当たりをかました――――。 「止めろぉぉぉ!」  ぐはぁぁぁ!  派手に吹っ飛んでいく剣士。  ソリスは肩で息をしながら討伐隊を見回す。豪奢な装備や武器で固めた剣士、弓士、魔導士、僧侶、それに重厚な兵器、それは戦争をやるための王国の精鋭を集めた一個小隊の規模だった。 「お前ら何をしている! 龍は神聖なる幻獣、人が手を出していい相手じゃないぞ!!」  ソリスは声を張り上げる。  いきなりすっ飛んできた、ただものではない少女の乱入に討伐隊はざわつき、攻撃の手が止んだ。 「セリオーン!」  ソリスはポロポロと涙をこぼしながら、血まみれの子龍に駆け寄る。 「お、おねぇちゃん……。に、逃げて……」  セリオンは息も絶え絶えに答えると、力なくまぶたをおろし、ガックリと地面に崩れ落ちた。 「あぁっ! セリオン!」  慌ててポーションを取り出して、飲ませようとするソリスだったが――――。  パーン!  剣が一筋、ポーションのガラス容器を砕き飛ばした。 「おい! 小娘! せっかく倒した獲物に何すんだよ!」  それは先ほどソリスが体当たりした剣士だった。よく見ればその顔に見覚えがある。以前、邪険にしてきた若きAランク剣士のブレイドハートだ。  ソリスはギリッと奥歯を鳴らす。 「何って、静かに暮らしている龍を、勝手に襲ってるあんたらから龍を守るのよ!」 「ふん! 弱い奴が狩られる。それがこの世界のルールだ。弱い龍が悪い。文句あるか?」  ブレイドハートは青く輝く剣をソリスに突きつけ、鼻で嗤う。 「じゃあ、私があんたより強ければあんたが悪いのね?」  ソリスは指先で刀身をつまみ、にらみつけた。 「はっ! 小娘が調子に乗りやがって! ……、あ、あれ……?」  ブレイドハートは剣を振りかぶろうとしたが、ソリスに掴まれた刀身がビクとも動かないのだ。 「な、何をした? こ、コイツめ……」  必死に剣を奪い返そうと渾身の力を込めて剣を引っ張った瞬間、逆にソリスは刀身をグッと押しこんだ。 「うわぁぁぁ!」  ブレイドハートはもんどりうって転がっていく。  Aランク剣士を子供のようにあしらう少女に討伐隊はどよめいた。 「これでわかったでしょ? あんたたちは弱い。龍を治療し、即刻退却しなさい!」  ソリスは討伐隊を見回しながら叫ぶ。  しかし、恥をかかされたブレイドハートは、怒りで我を忘れて突っ込んでくる。 「小娘ぇぇぇぇ! 死ねぃ!!」  怒りに顔をゆがめたブレイブハートは剣を振りかぶると一気にソリスに迫った。Aランク剣士のすさまじい剣気で剣は青く輝き、目にも止まらぬ速度でソリスに放たれた――――。  小僧が!  ソリスはガシッとその剣を両手で受け止めると、そのままねじって奪い取る。Aランクとは所詮レベル60台なのだ。125のソリスにはそれは止まって見える。  へ……?  唖然とするブレイドハートに素早く一歩踏み込むソリス。  こんのクソガキがぁぁぁぁ!  往年の恨みも込め、一気にこぶしで胸を斜め上へ撃ち抜いた。  ふぐぅぅぅぅ!  ブレイブハートは宙をくるくると回ると、そのまま花畑に墜落し、転がっていった。  おぉぉぉ……。こ、これは……。  Aランク剣士を子供のようにあしらったソリスに討伐隊は動揺が隠せない。  すると、黒地に金をあしらった豪奢なプレートメイルに身を包んだ大男が、ソリスに歩み寄りながら重い声を響かせた。 「おい! 小娘! 龍の討伐は国王陛下のご命令による王国の威信をかけた事業である! 邪魔立てするのであれば国家反逆罪、即刻死刑だ。この意味が分かるか?」  巨大な幅広の剣を背負い、手には紋章入りの豪華な盾を握っている。紋章をよく見れば王家のものだ。近衛騎士団の団長だろうか?   銀髪の彼の顔には威厳と力強さが漂い、その立ち姿はまさに不動の要塞の如く見えた。ランクで言えばSランク。【若化】の呪いさえなければソリスの敵ではなかったが、今は華奢な九歳の少女である。容易に勝てる相手ではなさそうだ。  しかし、このままではセリオンが死んでしまう。何とか戦意をくじき、帯同している僧侶にセリオンを治療させねばならない。  しかし――――。 『できるのか……、そんなこと……』  その限りなく無理筋なプランに、ソリスは冷汗を浮かべた。 「し、静かに暮らしている龍を殺すなんて、ありえないことよ! 例え国王陛下のご命令とあっても従えないわ!」  ソリスはブレイドハートの落とした青い剣を拾い上げると、騎士団長に向けて構えた。 「なら、国家反逆罪だな……」  騎士団長は黄金に輝く巨大な大剣をゆっくりと背中から引き抜くと、高く空に向けて掲げる。その瞳には嗜虐的ないやらしい光が浮かんでいた。
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