35. 音速の少女

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35. 音速の少女

「そ、そうなのかい……ゴメンね。変なこと聞いちゃったね」 「いや、全然いいんです」  ソリスはコーヒーを少しすすって口の中を潤す。子供になって初めてのコーヒーは驚くほど苦く、つい眉をひそめてしまう。 「この辺もね、人さらいが多いのよ。特にお嬢ちゃんのような可愛い子はすぐに目を付けられるから気を付けて」  おばちゃんは眉をひそめ、心配そうに忠告する。 「大丈夫です。一回(さら)われたので嫌というほどわかってます」  ソリスは渋い顔をしながら肩をすくめ、自嘲気味に返した。 「さ、攫われたって……大丈夫だったのかい?」  目を見開いて驚くおばちゃん。一般に攫われたらマフィアの裏ルートへと流され、商品として厳格に管理されるのだ。子供が自力で逃げ出すなど聞いたことがない。 「むさいオッサンをポーンと吹っ飛ばして、ダッシュで逃げちゃいました。ふふっ」  茶目っ気のある笑顔でおばちゃんを見上げるソリス。 「ふ、吹っ飛ばした……って?」 「こうやったんです」  ソリスは素早く腕を前に突き出し、レベル125のパワーで音速を超えた腕からはドン! と衝撃音が店内に響き渡った。  ほわぁ……。  まるで魔法のような技におばちゃんは目を丸くして言葉を失う。  店内の客たちは一体何があったのかと、怪訝そうな顔をして二人を見ながらザワついている。  少しやりすぎてしまったとソリスは苦笑すると 「次からは捕まらないようにします!」  と、おばちゃんにニッコリと微笑みかけた。 「そ、そうだよ……捕まらない……ようにね……」  おばちゃんはキツネにつままれたような表情で、カウンターへと戻っていった。       ◇  ソリスはハムチーズサンドを堪能すると、コーヒーをすすりながら青い空にぽっかりと浮かぶ雲を見上げた。この雲はお花畑からも見えているに違いない。  今頃セリオンは自分の置手紙を読んでいる頃だろうか? 「ごめんね……。泣いて……ないかな……?」  ソリスは酷いことをしてしまったと、自然と湧き上がってくる涙をそっと拭いた。  本音を言えば今すぐにでも戻りたい。あのお花畑はまさに天国だった。しかし、自分には仲間を生き返らせるという使命がある。それを果たすまでは帰れないのだ。 「必ず……、帰るから……。待ってて……」  ソリスは静かに白い雲に語りかける。  ゆったりと流れる雲を見つめながら、ソリスは夢のようだったこの数か月を思い起こしていた。そして、その宝石のように輝く思い出の数々を胸にそっとしまい、大きく息をついたソリスは、聖約のためにまずは戦いの世界に戻ることから始めようと決めたのだった。       ◇  おばちゃんに教えられた石畳の道をしばらく歩き、ギルドにやってきたソリス――――。  大きな木造三階建ての三角屋根の建物は、かなり古い時代の様式で歴史の重みを感じさせ、まるで魔法の力で存在し続けているかのようだった。ソリスは壁面に浮かぶ黒と白の木骨構造を見上げ、その時を超えた美しさを見入っていた。  その時、いきなりドアがドカッと乱暴に開かれ、筋骨隆々とした髭面(ひげづら)の大男が飛び出してきた。  うわぁ!  ぶつかりそうになって思わず飛び退くソリス。 「ガキがこんなところで何やってんだ! 邪魔邪魔!」  大男は不機嫌そうにソリスをにらむと、乱暴な足音を響かせながら建物の裏手へと去って行った。 「な、何よアレ!」  ソリスはムッとしながら男の姿を目で追った。これから新しい挑戦をしようというのに気分が台無しである。  もうっ!  ソリスはプリプリとしながらギルドの中へと足を進める。  中は吹き抜けの広い空間になっており、たばこの煙が充満していた。壁には楯や旗が飾られ、天井からはタペストリーも垂らされていたが、みんないぶされて黄色くなってしまっている。どうしても冒険者たちは酒とたばこに依存しがちなので、ギルドはどこもこんな雰囲気である。  ソリスは久しぶりに()いだすえた臭いに顔をしかめた。  奥のカウンターでは真面目そうな若い受付嬢が書類とにらめっこしている。青いベストと白いシャツが彼女の洗練された雰囲気を引き立てていた。ソリスは近づいて声をかけてみる。 「あのぉ、すみません……」  受付嬢は頑張って背伸びしているソリスを見下ろし、ニコッと笑みを浮かべた。 「あら、可愛いお嬢ちゃん! どうしたの?」  明らかに年下な女の子に『お嬢ちゃん』呼ばわりされるのは抵抗があったが、この外見では仕方ない。ソリスはぐっと反発したい気持ちを飲み込み、事務的に用件を告げた。 「冒険者になりたいので、登録をお願いしたいのですが……」 「ぼ、冒険者!? あなたが……?」  受付嬢は眉をひそめ、首をかしげる。 「確か年齢制限はないですよね?」 「いや、そうですけど……。お嬢ちゃん、冒険者というのは危険なお仕事で……」 「冒険者については良く知っています。テストに合格すればいいんですよね?」  ソリスはニッコリと笑って小首をかしげる。  受付嬢は横を向き、眉をひそめながらしばらく何かを考えると、「ちょっと待っててね」と、いい残して奥へと入っていった。  こんな九歳の小娘が冒険者のテストを受けたいなどというのは、前代未聞なのは良く分かる。自分が受付嬢なら(さと)して止めさせるだろう。とはいえ、『困難の中で輝く姿を見せる』という女神との約束を果たすには、情報が得られ、戦闘も許される冒険者になっていた方がいろいろと都合が良さそうだったのだ。
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