37. 破滅の足音

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37. 破滅の足音

 おぉぉぉ!! すごい! うわぁぁぁ! 賭けとけば良かったぁ!!  大歓声が中庭を埋め尽くす。  ソリスは拍手で迎えてくれるやじ馬たちに微笑みかけながら、受付嬢に歩み寄る。 「これで、Aランク……ですよね? ふふっ」 「えっ……。そ、そうなる……かしら……?」  受付嬢は鳩が豆鉄砲を食ったように目を白黒させながら、どう対応したらいいのか困惑してしまう。テストでBランク冒険者相手に勝った新人など聞いたことが無かったのだ。 「おい! ヒーラーだ! ヒーラー呼んで来い!」  バルガスに駆け寄ったやじ馬が、ピクリとも動かない様子に慌てて声を上げる。 「あれ……、手加減って難しいのね……」  ソリスは額を手で押さえて思わず宙を仰いだ。         ◇  ギルドの応接室に通されたソリスは、ギルドカード作りの手続きを進めていた。最初のランクは最高でもCランクということなので、ソリスもCランク冒険者からのスタートとなる。それでも以前はDランクだったので、ソリスは納得して書類に必要事項を埋めていった。 「それにしても幼いのにすごいのね……将来どうなっちゃうのかしら?」  受付嬢はため息をつきながらソリスの筆先を見つめていた。九歳の少女がBランク剣士をこぶしで打ち倒したというのは前代未聞の偉業である。今からこの強さなら将来どんな英雄に育つのか想像もつかなかったのだ。 「まぁ、いろいろ事情があるんです……」  チートで強くなっていることはあまり(ほこ)れることではない、と考えるソリスはあまり語りたくなかったのだ。 「もう少し早く来ていたら子龍討伐隊に加えてもらえたのに、残念だわ」 「龍の……討伐隊……ですか?」  ソリスは顔を上げ、小首をかしげた。龍というのは伝説上の生き物であり、それこそ国造りの神話に登場するような、実在するかもわからない聖なる幻獣である。その辺の魔物とは意味が違う。それを討伐というのはどういうことか、ソリスにはピンとこなかった。 「なんでも、王家の威信を高めるため、子龍を狩ってはく製にして王宮に飾るらしいんです。それで、王都から騎士団、Sランク冒険者がしばらくリバーバンクスに逗留(とうりゅう)していたの。近くの街からもAランク以上の冒険者は駆り出されて同行するみたい」 「一大国家事業……ってことですか? 龍なんて狩っちゃって大丈夫なんですか? 聖なる幻獣ですよね?」 「さぁ……。でも国王陛下が決められたことなので、私たちには従うしかないのよね……」 「それは確かに……。ふぅ……」  絶対王制の敷かれているこの国では王様は絶対だった。王命に逆らうものは国家反逆罪として無条件に即時死刑なのだ。誰も逆らえない。 「今朝、出発したからそろそろ戦っている頃かしらね。子龍は山奥にあるお花畑に住んでるらしいわよ?」  ドクンとソリスの心臓が跳ねた――――。  『山奥にあるお花畑』、ソリスには思い当たる場所が一か所しかない。 「も、もしかして……北の山の方の……?」  真っ青になったソリスの手はカタカタと震えてしまう。 「え、えぇ。あの辺は結界が張られているようで、なかなか場所がつかめなかったそうなんだけど、昨晩ランタンがたくさん飛んだので位置が特定できたとか何とか……」  ソリスはガバっと立ち上がると、助走をつけ、そのまま二階の窓から一気に飛び出した。  慌てる周りの人など目もくれず、ものすごい速度で一直線に北の山を目指すソリス。 「マズいマズいマズい! セリオーーン!!」  ソリスは混乱してグチャグチャになってしまった思考を正す暇もなく、北の山へと全力で駆けた。  お花畑に暮らす子龍、それはどう考えてもセリオンのことだろう。子龍が翠蛟仙(アクィネル)のように人化して少年の姿をしていたとすれば、全ての違和感の辻褄(つじつま)が合ってしまうのだ。あんなところで一人で暮らしていたのも、薪が力任せでバキバキなのも、街へ行った時にすぐ帰ってくるのも、精霊王が恐れるのも龍なら全て説明がつく。  あの優しくてかわいいセリオンが、王国の総力を挙げた討伐隊のターゲットになっている。それはとてつもなく破滅的な事に思えて、ソリスの目には自然と涙があふれてくる。 「ダメ……、止めてよぉ……。な、なんなのよぉ……」  ソリスは涙をポロポロとこぼしながら、レベル125の人類最速の駆け足で一気に街道を突っ走っていった。        ◇  森の中で草藪を飛び越え、木々の間をすり抜け、疾走しているとズン! という爆発音が響き渡った。 「えっ!? な、何なの……?」  こんな森の奥で、いまだかつて聞いたことの無い恐ろしい爆発。ソリスは心臓を締め付けてくる予感にほほを引きつらせながら、さらに木々の間を加速し、カッ飛んでいった。 「間に合ってぇぇぇぇ! セリオーン!!」        ◇  森を抜けると広いお花畑は戦場と化していた――――。  二人が暮らしていた三角屋根の家は跡形もなく吹き飛ばされ、ブスブスと煙が上がっている。  あぁぁぁ……。  ソリスはブルブルと震え、信じられない光景に目を見開いた。  昨晩までセリオンと仲良く暮らしていた愛しの我が家が、黒焦げの瓦礫(がれき)になってしまっている。そんなことが許されるのだろうか?  見れば、百人は超えるであろう討伐隊たちの精鋭たちが、花畑の中で象くらいの大きさの青い小さな龍を取り囲み、執拗な攻撃を重ねていた。 「あ、あれが……セリオン……? くっ!」  碧い美しい鱗に覆われた体にはあちこちに(もり)が突き刺さり、血が流れ、ズタズタに裂けた大きな翼は折れてしまっている。黄金に輝く鎖でぐるぐる巻きにされ、苦しそうにもがく子龍は大きな口を開け、辺りに火を吐き、何とか抵抗を続けているが既に大勢は決し、もはやその命も風前の灯火だった。
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