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 眼の前には全てを飲み込んで見えなくしてしまうような、黒々とした海が広がっている。わたしの着ている黒いパーカーよりも、真っ黒。  小さな波がざざん、ざざんとわたしの座る防波堤にぶつかっては消えていく。波と一緒に磯の臭いが鼻を突く。生まれた時から嗅いでいるから慣れてしまったはずなのに、今日は一段と生臭く感じる。  誰も居ない夜の海。自分の部屋の窓からたまに眺めてはその寂しい雰囲気に浸っていたりしたけれど、夜に来るのは初めて。窓から見ていた時より物悲しくて、背中がゾワゾワと粟立つ。  波の音に、くすんくすんと少女の泣く声が混じる。泣いているのは、隣に座る知奈(はるな)だ。俯いて泣いてるせいで、彼女の長い黒髪に顔が隠れてしまって表情は見えない。  見えてはいないけど、泣き虫な彼女の泣き顔は嫌と言うほど見てきたので、頭の中に描けてしまう。 「もう、いつまで泣いてるの? しつこいよ」 「杏香(きょうか)、ちゃん。だって、だってえ……」 「泣いてたって、やっちゃったことは元に戻らない。死んだ人は生き返らないんだよ」 「そう、なん、だけどお……」  ナヨナヨとした煮えきらない口調にイライラして頭をガシガシと雑に掻くと、知奈は何が悲しかったのか、更に大声を上げて泣き出した。子供か。  泣きたいのはこっちだって言うのに。  知奈は小学校からの友達で、昔から泣き虫な子だった。  初めて会話したのは小学校一年生のはじめ。  何の教科だったか、授業でグループを作らないといけなくなった。  わたしは初対面の人と話すのが苦手じゃなくて、すんなりとグループを作れた。対して、知奈はといえば、それまでも一人で居る事が多かったから誰からも誘われず、かといって自分から声をかけることもしない。自分の席から動かず、今にも泣きそうな目で黒々とした長くて綺麗な髪を揺らしながら、キョロキョロと周りを見回してた。  あからさまに困っている様子が見ていられなくて「金井(かない)さん。大丈夫? わたしと一緒のグループに来る?」と手を差し伸べると、知奈はぱあっと光が差し込んだような笑顔になって、嬉しそうに頷いた。  それがわたし達の出会い。  それから、十六歳の今に至るまで、知奈は何かにつけてわたしを頼ってくるようになった。わたし自身も誰かから頼られるのは悪い気がしなくて、今では家以外ではほとんど一緒に居る。  だから今日だって。 「ああっ。もうっ。最後くらい泣くのを止めてよっ」  頭に血が上って、わたしが跳ねるように立ち上がってから力いっぱい地団駄を踏むと、知奈はビクッと肩を揺らしてこっちを見た。驚いたからか、すっと泣き止んだ。 「気が済んだ? ほら、立って」  できる限り、優しい声で言う。 「うん。ごめん。杏香ちゃん」  知奈は真っ赤に腫らした目でぎこちなく笑うと、その手を掴んで立ち上がった。  防波堤の先端に二人並んで立つ。もう一歩足を踏み出せば、真っ黒な海に落ちてしまう。黒い水面を見つめていると、吸い込まれそうで怖くなって、繋いだ手をぎゅっと握った。すると、知奈も強く握り返してくれた。 「せーの、で一緒に行くよ」 「う、うん」  震えているのは自分の声か、知奈の声か。それとも、二人共か。波の音が混じってよく分からない。分からない、フリをした。 「行くよ。せーのっ」  今日、わたし達は人を殺しました。  だから、自ら命を立つことで責任を取ろうと思います。
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