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 知奈のお父さんは怖い人だ。  あ、本当のお父さんではない。  知奈の本当のお父さんは彼女の幼い頃に亡くなっていて、今のお父さんは再婚して住み着いた二人目のお父さん。だから、本当のお父さんじゃない。ここ重要。と知奈が言っていた。  その男は気に食わないことがあると、知奈に暴力を振るうらしい。  その男が家に来たのは、知奈が小学生三年生の時。  再婚して少しの間は優しかったけど、徐々に不機嫌な様子でいることが増えてきて、ある日、突然「目つきが気に食わない」と知奈は頭を殴られた。  それでタガが外れたのか、それからは毎日のように暴力を振るわれた。外にバレないように、服で隠れる胴体を中心に。  体中の痣や傷を隠すために知奈は夏でも汗をダラダラ流しながら、長袖の服にズボンを着させられている。体育の授業は、彼女のお母さんがどう説明しているのか、いつも見学している。 「みんなには内緒にしてね。杏香ちゃんだから見せるの」  と一度だけ頼んでもいないのに見せられた知奈のお腹は、紫や黒の痣がいくつも出来ていて、肌色の部分のほうが少なかった。痛々しくて、わたしは顔をしかめた。血が繋がっていないとはいえ、家族に、いや、生き物をこんなに痛めつけられることが理解できなかった。 「こんなの虐待だよ。ギャクタイ。お母さんは知ってるの?」 「知ってるよ」  わたしが憤りつつ言うと、知奈は諦めに近い表情を浮かべた。 「でもね、あの人もしたくてしてるんじゃないのよ。たまたま気が立っていただけ。あなたにもそんな時があるでしょ。本当は優しい人なの。だから、ちゃんと後で謝ってくれる。許してあげましょう。だって。お母さんは、あの人のこと好きみたいだから」  知奈が諦めているのなら、わたしは何もしてあげられない。  知奈のことは一番の友達だと思ってるし、わたしができることなら力になってあげたい。でも、本人が望んでいないのに、無理やり他人の家の事情に踏み込むなんて出来やしない。 「わたしだったらすぐ警察に通報したり、誰かに相談するけどなあ」  唇を尖らせて言うと、知奈は曖昧に微笑んだ。  そんなだから、知奈は出来るだけ家に寄り付かないようにしていた。放課後は図書館で勉強したり、適当にぶらついたり、そのままアルバイトに行ったり。休みの日も同じ。 「わたしの家に泊まる?」そう提案したこともある。でも「お母さんが心配するからやめとく。それに、杏香ちゃんにも迷惑掛かるから」って断られた。  どうやら、知奈のお母さんは知奈を守ってくれないのに、それでも知奈はお母さんが大切らしい。よく分からない。  なんで放課後どころか休みの日まで知ってるのって? 袖の端っこを掴まれて、困ったような上目遣いで「ねえ、杏香ちゃん。ちょっと付き合ってほしいの。お願い」なんて言われて断れなかったからだよ。アルバイトだってスーパーマーケットに二人で一緒に応募したし。  だから、わたしと知奈は家にいる時以外の殆どの時間を共有していた。  それは、今日だって。同じ。  同じ、はずだった。
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