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「行くよ。せーのっ」  二人で同時に海に飛び込むために足を踏み出そうとした。しかし、勢いは掛け声だけで、ふたりとも一歩もその場から動けなかった。 「ち、ちょっと、手繋いでるんだから、知奈が進んでくれないとわたしも進めないんだけど」 「き、杏香ちゃんこそ」  お互いに責任を押し付け合う。でも、どちらとも進もうとしない。進めるはずがない。だって、真っ黒な海はすべてを飲み込んで、踏み出せば人生が終わるんだと思うと、やっぱり怖いから。 「や、止めようよ」 「え?」  互いに譲り合いの水掛け論を行った末に、流れを断ち切ったのは知奈だった。 「ここまで来て何言ってるの?」  言いながらも、わたしの心は助かったと安心しだしている。 「自首しよう」 「自首?」 「うん。わ、悪いことをしたんだから、つ、償わなきゃいけないよ。うん。で、でも、つ、償うのって、死ぬことじゃないと、思うの。うん」  知奈は視線をぐるぐると忙しなく動かし、拙い言葉を絞り出した。その間、一度もわたしと目を合わそうとしなかった。その姿はどこか、相手の気に障らないように、言葉を選んでいるように見えた。  あとは死ぬだけなのに、どうして今更? わたしを死から離そうとしているから?  知奈の目をじっと見つめる。  知奈はバツの悪そうに顔を逸らした。  少し考える。  そうして、ひとつ、思い至った。  この子は何もしていない。自首をしても罪に問われない。罰せられるのは、わたしだけ。  知奈の本当じゃない父親を直接刺し殺したのはわたしだ。  動機は知奈のためだったかもしれない。知奈だってあの男に縋り付いて止めはしたかもしれない。それがもし共犯に当たるとして、目撃者がいないのに誰が証明できる? 嘘をつけば、いくらでも言い逃れできる。  でも、わたしは逃げられない。あの時、家の中にいたこともおかしいし、包丁だけじゃない、いたるところに、ベッタリと指紋が残っているだろう。制服も荷物も置いてきてしまった。  自首しても知奈は逃げられる。  ……狡い子。  初めて話した時もそうだった。可哀想な顔をしていれば誰かが助けの手を差し伸べてくれると、自分から動こうとはしなかった。本当の父親とのことだって、自分から動こうとすればいくらでも動けたはずだ。  それなのに、知奈は少しも動かなかった。  いつもわたしの影に隠れて、守ってもらうのを待っている。  それが知奈の黒い部分。  あの男をわたしが殺したのは、偶然、知奈の悲鳴が聞こえて助けたから。  本当に偶然?  偶然、玄関の鍵が開いていたから入れたし、偶然、机の上に男を殺すのにお誂え向きな包丁が置かれていた。  全部、偶然だっていうの?  家から逃げる時に冷静だったのも、以前からあの男を殺す計画を立てていたから? ううん。もしかしたら、自分が手を汚さず、わたしに殺させたのだって……。  知奈が狡い人間だと思えば思うほど、わたしの中で疑惑が膨らんでいく。  知奈はそんな人間じゃない。友達を疑っちゃいけないと言い聞かせても、止められない。 「自分だけ助かろうとしてるんじゃない?」 「……?」  指摘すると、知奈はとぼけた顔で小首を傾げた。白々しい。 「だって、知奈は何もしてないもんね。自首しても捕まるのはわたしだけ。知奈は嫌いな父親のいなくなった家で、悠々暮らせる。狡いね」 「そ、そんなことしないよ。私も一緒に殺したことにするから」 「そんな事できないよ」 「できるよ。二人で話を合わせれば。誰も見てなかったんだから。ね、嘘の話を一緒に考えよう?」  いつもは大人しいくせに、今は大袈裟な身振り手振りを加えて知奈は話す。それがやけに嘘っぽく見えた。本当に白々しい。 「わたし達はここで死ぬの。一緒に。二人で。さあ、真っ黒な海に飛び込もう」
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