8(完)

1/1
前へ
/8ページ
次へ

8(完)

 そう――。ひととき気持ち良くなっても、そのあとはいつも虚しかった。  ――きっと、愛されていなかったから。  過去の行為を思い出し、私はそのように結論づけました。 「また青臭くさいことを言っている」と思われるでしょうね。  でも男友達三人とセックスするという非常識なことをやってのけた今、私は奇妙な充実感で満たされています。  微塵も後悔していません。  私は、三人のことが好きだから。彼らもきっと、私のことが好きだから。  ――私たちは愛し合っているから。  淫乱で欲張りと誹られるだろうけれど、私はとてもとても幸せなのです。  順番にシャワーを浴びて、身だしなみを整えて、私たちは美波のおうちの居間でくつろいでいます。  カラカラに乾いた喉を冷えた炭酸水で潤しながら、私は探るようにソファを撫でました。  全てをやり終えた今、唯一気がかりなのは、この高級なソファのことです。  汚れなかったかしら、傷をつけなかったかしら……。  ざっと見る限り、無事のようです。たかが一枚敷いたバスタオルは、だけどさすがセレブの美波家で採用されているだけあってとても分厚かったし、吸水性も良かったみたい。私たちから染み出たありとあらゆる体液を、防ぎきってくれたのでした。  男子たちは押し黙っています。互いの痴態を見たり、見せたりする羽目になって、今頃になって照れくさくなってきたのでしょう。  空気が重い。やがて気まずい雰囲気を一掃しようと、大洋が口火を切りました。 「オレたち、やっと海人に勝ったね。みさきをゲットした!」 「まあ、三人がかりでやっとだけどな。なんだっけ、こういうの。一人じゃ弱いけど、三人集まれば……ってやつ」 「三人寄れば文殊の知恵! でしょ?」  とあることわざを口にした大洋は、得意気に胸を張ります。  潮と大洋の会話を聞いていた美波は、ソファに腰掛けた自らの太ももに頬杖をつき、疲労の滲む声で言いました。 「どっちかって言うと、『三本の矢』じゃない? 毛利 元就の」 「なるほど、一本のチンコじゃ勝てないけど、三本集まれば負けないっつーことか」  三人はゲラゲラと下品に笑い、そのあと「ふう」と乾いたため息をつきました。  自分たちが言い出した冗談で傷つくなんて、自虐的だなあ。  見ていられず、私が口を挟みます。 「――でもね、海人も、あなたたちにコンプレックスを持ってたんだよ」 「え?」  六つの目が丸くなり、私を見詰めます。 「だって美波はすごーく頭がいいし、潮は口は悪いけど、優しくて面倒見が良くて、先輩にも後輩にも慕われてた。大洋は人と競争するのが苦手でアスリート向きではないけれど、でも実は誰よりも運動神経がいい。――海人はね、ずっとみんなに嫉妬していたんだよ。それが、野球部でレギュラーになったあたりから、自分のほうがみんなより優れていると、勘違いし始めて……」 「……………」 「でもね、もしかしたら海人は、みんなには勝てないと気づいていたのかもしれない。だから私に執着したのかも」 「確かに俺たちからすれば、みさきがカノジョってだけで、海人が勝ち組に見えてたからな……」 「みさきとつき合うことで、優越感を抱いていたかったのか……」  私の話を聞いた三人は黙り込み、それぞれ思いを巡らしているようです。そんな彼らを眺めているうちに、かくっと、私の頭は落ちかけました。  もう無理。今度こそ本当に無理。体力ゲージはゼロです。  瞼が下にくっついて、開くのに苦労している私を見て、美波は私の横に座り直しました。 「大丈夫? 疲れたよね? あいつら、無茶し過ぎ。みさきを何だと思ってるんだろう」 「トドメを刺したのはおまえじゃねーか」  潮の反論も聞こえないふりで、美波は続けて提案します。 「今日は泊まっていきなよ。明日、日曜日だし」  壁に掛かっていた時計を見上げれば、もう夜の十時を回っています。帰れない時間ではないけれど、立ち上がるのすら億劫で、私は美波の申し出に甘えることにしました。 「ごめんね。そうさせてもらってもいいかな……」 「うん、ゆっくりしていって。――おまえらはとっとと帰れ」  美波は私に優しく頷いて見せてから、潮たちを冷たい目で睨みました。 「ふざけんな! ぜってー二人きりになんかさせないからな!」  潮たちも負けておらず、元気に言い返します。 「チッ……。おまえらも泊まっていきたいならいいけど、あいにく部屋が足りないんだ。寝るの、風呂場がいい? それともトイレ?」 「美波おまえ、ほんっとーにライバルに容赦ねえな。ド畜生め……」  やれやれと思っていると、誰かが私の手を握りました。大洋です。  火花を散らして睨み合う友人二人を気にも止めず、大洋は私を引っ張り上げ、床に立たせてくれました。 「オレも疲れたー! ね、みさき、美波の部屋で一緒に寝ようよ。美波のベッドってデカくてね、なんかすごいマットレス使ってるんだ!」  意気揚々と美波の部屋へ出発――しようとする大洋の襟首を、後ろから潮が掴みます。 「おまえもさらっと抜け駆けしてんじゃねーよ!」 「天然だからって、何やったっていいわけじゃないからね?」  そして三人は、私の横で喧々囂々と舌戦を繰り広げ始めました。  ちょっとうるさい……。でもまあ、これも彼らの仲が良い証拠なのでしょう。  私は温かく見守るべく――本音は巻き込まれるのが面倒くさいからですが、ソファに戻ってうつらうつらしていました。  ふと、近くのガラステーブルに置いておいたスマートフォンが震え出します。先ほど家に「友達の家に泊まる」とメッセージを送ったばかりでしたから、親からの返信かと思い、深く考えず液晶画面を覗きました。  案の定メッセージが届いていましたが、それを送ってきたのは母ではなく――海人でした。 『今どこにいるの? 明日、ご飯でも食べない?』  絵文字でごちゃごちゃ飾られた文面に、ほんの少し懐かしさを感じました。しかしそれ以上の感情は、湧いてきません。 「……………………」  私はスマホを操作し、海人のことをブロックしました。これから先、私が彼からのメッセージを目にすることも、電話に出ることもないでしょう。  だって、時間の無駄ですから。  明るくおおらかな、大洋。  意地っ張りだけど情熱的な、潮。  普段は穏やかだけど、時々危険な魅力を見せる、美波。  私には三人の彼氏がいて、彼らは私に三倍……ううん、百倍の悦びを与えてくれます。だから私も三人だけを大事にしたい。過去の男になんて、気を取られている暇はないのです。 「オレ、カノジョを抱っこして寝るの、憧れてたんだあ」 「おまえだけに渡すかよ。――三時間交代でどうだ?」 「それじゃ、みさきが熟睡できないだろ」  三人の意見は、まだまだまとまりそうにありません。しかし私の眠気は、とうとうピークに達しました。  黒革のソファに寄りかかり、瞼を閉じます。  ――ああ、本当に、いいソファだなあ。  そして、聞き慣れた彼らの声を子守唄代わりに、私は夢の世界へ旅立ったのでした。 ~ 終 ~
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

36人が本棚に入れています
本棚に追加