黒の世界

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 そこで再び私の背筋に、「ぞぞっ」という感触が走り抜けた。しかしそれは先ほどのような「得体の知れない怖さ」ではなく、何かもっと「現実的なもの」だった。会社帰りに遭遇した、現実的な恐怖。それは……。  ……ききききぃぃぃーーーっ!  そして突然、私の耳をつんざくほどの、けたたましい機械音が鳴り響いた。あれは、そうだ。「ブレーキ音」だ。目の前に急に何かを見つけて、慌ててブレーキを踏んだような。その音に気付いた瞬間、私は……。  すると、今度は私の頭の中に。何か安らぎというか、「癒し」の感触を含んだような、優しい女性の声が聞えて来た。 ”……思い出した?”  思い出したって、何を。私は頭の中の「優しい声」に、同じく頭の中で問いかけた。 ”あなたは駅前の通りで、居眠り運転をしていた車に撥ねられたの。その車も、あなたに気付いて急いでブレーキを踏んだけど、間に合わなかった。そしてあなたは『ここ』に来ることになった……”  車に撥ねられて、『ここ』に来た。ってことは、『ここ』はいわゆる『死後の世界』ってことなのか……? ”死後の世界……そうね、そうだとも言えるし、そうではないとも言える”  頭の中の声は、かすかに「くすっ」と笑ったようにも思えた。それは決して私を馬鹿にしたような不快なものではなく、何か「全てを悟っている」かのような、静かで小さな笑みだった。 ”でももう、その記憶も必要ないわ。あなたは、あなたの人生をここで振り返り。そしてここで、全てを忘れるの”
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