マドンナ

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人生という物語は、ある日突然流転する。 そのきっかけは、きっとドラマや小説のように大きなものじゃないかもしれない。しかし、この人生という物語を突き動かすには充分なのだろう。 その多くは、誰もが経験する“青春”という青くも脆い、あの眩い日々の中に隠れている。 まだ何者でもない自分に苛つき、毎日不安と、怒りや失望、気合いと諦めに襲われ続けたあの日々は、なぜか楽しく、どこか明日に心を躍らせていた______。 それなのに、その頃思い描いていた自分とは、あまりに掛け離れた自分になっていることに、大人になって初めて気付く。そして、思い返すのだ。 あの頃の自分は、いったい何になりたかったのかと______。 青春を共に過ごした友人たちに、あの頃の自分は何をしていたのかを問いかけることは、もしかしたら大人になっていく過程で必要なことなのかもしれない。その上で、友人たちの近況を知ることもある。例えば、「あの頃はこうしたいと思っていたけど、今はこんな風になっている______」なんて感じだ。その時、未来を見据えて輝く瞳で将来を語る友人が、将来に何もない誰かにとっては、ひどく眩く見えるものである。 それはまるで、絵の具の“灰色”を落とされたような、燻んだ色で、その色のおかげで、周りの色がやけに映える______。 そんなことを飲みの席で久しぶりに再会した親友の松村健人に話して聞かせる重岡太一は、まだ酔っ払っていないのに、まるですでに出来上がっているかのようであった。 片田舎の庶民的な居酒屋は、休日だからかいつもより騒々しく、相手の声や口元に気を配らなければ何を話しているのかわからないほどであった。だが、重岡太一のその真剣な表情と、まるで重たく落下するかのような言葉は、それらに気を配らなくても耳に届いていた。
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