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「随分と自虐的だな」
松村健人は、長々とこの騒々しい中で話した太一の思いをそんな短い言葉でまとめた。
松村健人は、太一の親友で、生粋のアイドルヲタクであったが、その知識と、一般的な“ヲタク”という立場からの視点で得られる情報を活かし、今では某有名アイドルグループの若手プロデューサーとなっている。近々、そのアイドルグループがメジャーデビューを果たすことになって、これから先、なかなか地元に戻れなくなるかもしれないと、彼は思い立って休日を取り、今回、地元であるこの片田舎にまで戻ってきたのである。太一は、生まれて今までこの町で暮らしているから、健人はすぐに彼に連絡し、久しぶりに会って飲まないか?と誘ったのである。懐かしく、楽しい飲み会になるはずのこの会の最初が、まさか太一の自虐から始まるなんて思ってもいなかったが、“あの日”からすっかり変わってしまった彼のことは、離れていてもちょくちょく連絡を取っていた健人が一番良く知っていたし、まぁこんなこともある。と、健人は許容していた。そんな彼を見て、太一は羨ましそうに話しかける。
「さすが、有名若手プロデューサーさんだよな。なんか、余裕感っての?俺なんかと全然違う」
「随分と嫌味だな」
「歳取りゃ嫌味にもなるよ」
太一はうなだれていたが、ちょうどそのタイミングで店員が二人の前に注文していた生ビールを運んできた。そのビールをぐびっと半分ほど飲んで、健人は「小説は?もう書かないのか?」と聞いた。太一もまた、運ばれてきたビールをぐびっと飲んで、「書かないよ。売れないもん」と答えた。
「売れないって、あの日以来まともに書いてないんだろ?」
太一は、作家志望であった。彼の文章力は、これまで友人やクラスメイトたちによく褒められていたが、本格的に作家を目指そうとしたのは、いつ頃だろう______。それすらも覚えていない。
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