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ウィルコックス氏の家のメイドたちが、家中の花瓶を集め居間へ運んできました。
花屋の娘たちが花束を分け、次々と花瓶の中へ生けていきました。
たちまち部屋中が、深紅のバラでいっぱいになりました。
ケントは、テーブルに載せてあった花束をそっと主に持たせました。
芳潤なバラの香りが部屋全体に満ちていて、そこは確かにバラ園のようでした。
ウィルコックス氏は、ミア嬢の前にひざまずくと、花束と指輪の小箱を差し出しながら彼女に結婚を申し込みました。
ミア嬢は、心底嬉しそうに、「はい、喜んで!」と答えました。
雨は、すでに止んでいました。
雲間からは、やわらかな光が地上へ射し込んでいました。
もう、外へ出ても濡れることはありませんし、もちろん傘も必要ありません。
でも、ウィルコックス氏は、傘立てから傘を一本取り出しました。
それは、雨上がりの空のような明るい青色の傘でした。
ミア嬢の手を引いて玄関へ向かったウィルコックス氏は、そこでゆっくり傘を広げました。
そして、ミア嬢とともに傘の下に収まると外へ出ました。
「『相合い傘』で、ちょっと散歩をしてくるよ」
ウィルコックス氏は、ケントにそう言って出かけていきました。
雨に濡れる心配はないのに、ミア嬢の腰に手を回し自分の方へ引き寄せていました。
ケントは、晴れ晴れとした気持ちで二人を見送りました。
その晩、ケントは日記の最後に、「相合い傘」を書いてみました。
傘の下の名前は、もちろん、「アシュリー」と「ミア」です。
ケントは、何だか甘酸っぱい気持ちになって、ニヤニヤしながらしばらく「相合い傘」を眺めていました。
すると、深い記憶の沼の底から、ゆっくり浮かんできたものがありました。
ケントは、「相合い傘」の傘の上に、大きなハートマークをかき足しました。
そして、「やっぱり、『相合い傘』にはこれがなくっちゃな!」とつぶやいてから日記帳を閉じました。
―― お し ま い ――
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