雨は止むもの上がるもの

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「旦那様、本日の外出はおあきらめになった方が、よろしいかと存じます」  激しく雨が打ち付ける窓を見ながら、執事のケントが残念そうに言いました。  この仕事に就き十年を越えるケントをもってしても、(あるじ)を濡らさずに外出させることは不可能であると思わせるほどの雨でした。   「そうはいかないことは、おまえだってよくわかっているだろう、ケント。わたしは今日、何が何でも王立植物園のバラ園へ行かねばならないのだ!」  ケントの主であるアシュリー・ウィルコックス氏は、雨音に負けまいと大きな声で叫びました。  今日のために用意したペンストライプの上下をぱりっと着こなし、顔が映るほど念入りに磨き上げた黒い革靴をはいた彼は、今日、プロポーズをする予定なのです。  彼が座る金茶色のソファの前にあるテーブルには、百本の深紅のバラで作った大きな花束が載せられていました。そして、彼の上着のポケットには、指輪が収められた布張りの小箱が入っていました。  今からちょうど一年前、幼馴染みであるミア・ワイルダー嬢の家を訪ねたウィルコックス氏は、彼女に誕生日のプレゼントを渡した後ある約束をしたのです。 「我が愛しのレディ・ミア。来年のあなたの誕生日に、わたしは王立植物園のバラ園で、あなたの大好きな深紅の薔薇に囲まれて、結婚を申し込むことをお約束します。何があろうと、その日は一日中そこであなたをお待ちします!」  その約束の日が、今日なのです。  あと一時間ほどで、植物園の門が開きます。その時刻には、園内のバラ園に立っていなければなりません。ぐずぐずしていないで、そろそろ屋敷を出発するべきでした。  ウィルコックス氏は、約束も守れないような不実な男にはなりたくありませんでした。  それは、紳士として、雨にびっしょり濡れることと同じくらい恥ずべきことでした。
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