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主の気持ちが誰よりもよくわかるケントは、迷いに迷った末、思い切って提案しました。
「旦那様! こうなったからには、傘を持ってお出かけになってはいかがでしょうか?」
「傘? 何を言うのだ、ケント! このような雨の日に、わざわざ荷物になる傘を持って出かけるなど愚の骨頂だ! いくら心優しいレディ・ミアでも、傘など持ったわたしを見たら呆れて屋敷へ帰ってしまうかもしれない」
「ミア様にご覧いただくために、傘を持っていくわけではありません」
「じゃあ、何のためにあのようにかさばる物を持ち歩くのだ?」
「それは――」
「傘をさして、雨を避けるために決まっているではありませんか。アハハハハ!」と言いかけて、ケントは言葉に詰まりました。
この国の人々には、傘をさすという習慣がありません。
「傘は雨や日差しを避けるもの」というケントの常識が、ここでは非常識なのでした。
実は、ケントは転生者でした。
前世の自分の人生についてはすっかり忘れていましたが、様々な知識だけは記憶に残っていました。
彼の前世において、傘は雨や強い日差しを避けるためにさすものでした。
「お帰りが遅くなる方は、折りたたみ傘を持ってお出かけください」というテレビのお天気おじさんの言葉を信じたら、雨に濡れずにすんだということがよくありました。
そのたびに、「傘があってよかったなあ」と思ったものでした。
しかし、傘をさす習慣がないウィルコックス氏に傘の利便性を説いても、堂堂巡りを繰り返すだけかもしれません。
そこでケントは一計を案じ、主が興味を持ちそうな話題に傘を絡めることにしました。
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