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しかし、二人ともそんな仕草には不慣れであったので、わずかに傾け方が足りず、傘と傘がこすれてしまいました。
「あっ!」
「うっ!」
「やり直しだ、ケント!」
「はい、旦那様!」
二人は元の位置に戻り、再び「傘かしげ」に挑戦しました。
天井に吊された巨大なシャンデリアだけが、二人の挑戦を見守っていました。
十回ほど繰り返すと、二人とも絶妙なタイミングと距離感で傘を傾けられるようになってきました。離れる際には、さりげなく目礼を交わすという技まで身につけました。
「素晴らしいぞ、ケント! 相手と呼吸を合わせて動き、互いの検討をたたえ合う! 確かに『傘かしげ』は、優雅にして高潔なる振る舞いだ。我々が、傘を傾け合う様を見れば、ご婦人方はうっとりされることだろうな」
「そう……、かもしれません」
ご婦人方をうっとりさせるために傘をさすわけではないが、まあそれでもさす気になったのならいいかな――と、ケントは考えることにしました。
「ご納得いただけましたのなら、傘を持ってお出かけくださいませ。開門時刻が迫っておりますので、お急ぎになられた方がよろしいかと――」
「そうだな――。あっ、いや――、だめだ!」
「えっ!?」
「王立植物園のバラ園へ向かう道には、傘を傾け合うような狭い道はない! それに、『傘かしげ』は一人ではできないじゃないか。わたしのように『傘かしげ』を行える、傘の扱いに長けた紳士が偶然向こうから歩いてくる――などということはまず起こるまい。結局、傘は面倒な手荷物にしかならないだろうな」
がっかりしたようにソファに沈みこむ主から傘を受け取ると、ケントは丁寧にたたみ直しました。
そして、二本の傘を傘立てに戻しながら、主に背を向け大きなため息をつきました。
しかし、ケントは、あきらめたわけではありませんでした。
振り返ると、すぐに二の矢を放ちました。
「旦那様……、それでしたら、『相合い傘』はいかがでしょうか?」
「『相合い傘』? 今度は、何をするのだ?」
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