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ケントは頭の中で、傘の絵の下に「アシュリー」「ミア」と書いてみました。
そして、すぐにその子供染みた発想を頭から追い出しました。
「『相合い傘』とは、男女が一つの傘の下に入り、雨をしのぐことでございます。たいていの場合は、男性が傘の柄を持ち女性にさしかけます」
「それのどこが、優雅でロマンチックなのだ?」
「一人用の傘の下に二人で入るのですから、自然と距離が縮まります。離れていては、どちらも濡れてしまいますので――。距離が縮まることで、会話の機会も生まれます。傘のかげであれば、人目も避けられ雨音で声も消され、そこはいつしか二人だけの世界となり――」
「コホンッ! わ、わかった、やってみるぞ、ケント!」
「は、はあ……」
勢いよく立ち上がったウィルコックス氏は、傘立てから、先ほどとはまた別の傘を取り出してきました。深い紫色の地に淡いベージュ色でウィンドウペンチェックを施した、品の良い布地の傘でした。
今は別邸で暮らす父親からプレゼントされた大切な傘を慎重な手つきで広げると、ウィルコックス氏はケントを手招きしました。
「少し窮屈だな。これだけ近づいても、二人とも肩が傘の外へ出ている」
「わたしが男だからそうなるのです。相手がご婦人であれば、上手く収まるはずです」
「こうして……、肩を引き寄せたりしても、かまわないのだろうか?」
「……」
いつしか二人とも口を閉じ、外から聞こえる雨音に耳を澄ましていました。
先ほどより、いくぶん雨は静かになっていました。
かすかに空が明るさを増し、雨雲は薄くなったように見えました。
「なるほど、ロマンチックだな――。おまえとでさえそうなのだから、もし、レディ・ミアと『相合い傘』をしたのなら――」
「コホンッ! そのご感想は、実際にミア様と『相合い傘』をするまでとっておいてください。それよりも、今度こそ王立植物園へ出かけましょう。幸い、雨も落ち着いてまいりました。『相合い傘』におあつらえむきの降り方になりましたので――」
「そうだな。それなら、持って行く傘は――」
ケントに傘を預け、別の傘を探そうとウィルコックス氏が傘立てに近づいたそのときでした。
居間の扉を慌ただしく叩く音がしたかと思うと、見習い執事のグラントリーが、応えも待たずに扉を開け丸っこい顔をひょいとのぞかせました。
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