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屋敷に仕えて一年になるというのに、相変わらず粗忽なグラントリーを、ケントは厳しく諫めました。
「こらっ! 何度言ったらわかるのだ、グラントリー! まだ、旦那様のお許しがないのに勝手に扉を開けたりして! まったくもう、おまえときたら!」
「も、申し訳ありません……。し、しかし、それどころではないのです、ケントさん! ミ、ミア様がお越しになって、げ、玄関ホールで旦那様を、お、お待ちなのです!」
「何だってーっ!?」
傘立てを覗き込んでいたウィルコックス氏が、顔を上げて叫びました。
雨音が静まってきていたせいで、その声は居間全体に響いただけでなく、開いたドアから玄関まで届いてしまいました。
「そんなはずはない! レディ・ミアとは、王立植物園のバラ園で会う約束をしたのだ。この屋敷を訪ねてくるなど、ありえないことだ! もしや、公園で待っていてもわたしが来ないので、病気にでもなったかと思われて――。レディ・ミアにそんな気づかいをさせてしまったなんて、わたしはなんという不甲斐ない男なのだろう! それは、雨に濡れることよりも、傘をさすことよりも、さらにさらに恥ずかしいことだ!」
ウィルコックス氏は、ソファに倒れ込み頭を抱えてしまいました。
ケントは、主のそばを離れるわけにも行かず、思慮が足りないグラントリーを再び玄関に行かせるわけにもいかず、困り果てて立ちすくんでいました。
そうこうするうちに、居間へ続く廊下をいくつもの靴音が進んできました。
「失礼いたしますわ、アシュリー様!」
開け放たれた扉から、ミア嬢が姿を現しました。
彼女の後ろには、雨の日用の蝋引きのマントを抱えたメイドのほか、花屋の店員と思しき娘が三人、それぞれ深紅の薔薇の大きな花束を抱えて控えていました。
ミア嬢の声を聞いたウィルコックス氏は、慌ててソファの前に立ち彼女を出迎えました。
ちょっとだけ乱れていた主の前髪を、ケントは素早くポケットに入れていた櫛で整えました。
「これは、これはレディ・ミア! 雨の中をようこそおいでくださいました。あなたのご来訪は、望外の喜びではありますが、今日は王立植物園のバラ園でお目にかかるはずであったかと思います。なにゆえ、我が屋敷へお運びくださったのでしょうか?」
爽やかな若草色のドレスをまとったミア嬢は、頬を微かに染めながらウィルコックス氏の問いかけに答えました。
「昨日、執事のオスニエルに、王立植物園のバラ園を見に行かせましたの。そうしたら、今年は花が遅くてまだ蕾ばかりだということがわかりました。だけど、わたくし、どうしてもバラの花に囲まれて、アシュリー様から結婚を申し込まれたかったのです。だから、自分でバラ園を用意することにいたしましたのよ!」
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