雨は止むもの上がるもの

8/8
前へ
/8ページ
次へ
 ウィルコックス氏の家のメイドたちが、家中の花瓶を集め居間へ運んできました。  花屋の娘たちが花束を分け、次々と花瓶の中へ生けていきました。  たちまち部屋中が、深紅のバラでいっぱいになりました。  ケントは、テーブルに載せてあった花束をそっと主に持たせました。  芳潤なバラの香りが部屋全体に満ちていて、そこは確かにバラ園のようでした。  ウィルコックス氏は、ミア嬢の前にひざまずくと、花束と指輪の小箱を差し出しながら彼女に結婚を申し込みました。  ミア嬢は、心底嬉しそうに、「はい、喜んで!」と答えました。  雨は、すでに止んでいました。  雲間からは、やわらかな光が地上へ射し込んでいました。  もう、外へ出ても濡れることはありませんし、もちろん傘も必要ありません。  でも、ウィルコックス氏は、傘立てから傘を一本取り出しました。  それは、雨上がりの空のような明るい青色の傘でした。  ミア嬢の手を引いて玄関へ向かったウィルコックス氏は、そこでゆっくり傘を広げました。  そして、ミア嬢とともに傘の下に収まると外へ出ました。 「『相合い傘』で、ちょっと散歩をしてくるよ」  ウィルコックス氏は、ケントにそう言って出かけていきました。  雨に濡れる心配はないのに、ミア嬢の腰に手を回し自分の方へ引き寄せていました。  ケントは、晴れ晴れとした気持ちで二人を見送りました。  その晩、ケントは日記の最後に、「相合い傘」を書いてみました。  傘の下の名前は、もちろん、「アシュリー」と「ミア」です。  ケントは、何だか甘酸っぱい気持ちになって、ニヤニヤしながらしばらく「相合い傘」を眺めていました。  すると、深い記憶の沼の底から、ゆっくり浮かんできたものがありました。  ケントは、「相合い傘」の傘の上に、大きなハートマークをかき足しました。  そして、「やっぱり、『相合い傘』にはこれがなくっちゃな!」とつぶやいてから日記帳を閉じました。            ―― お し ま い ――
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加