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怪しいメールの受信から、さかのぼること十八時間前。
「違ったわ、思ってたのと」
惰性で流れていた雑談ライブ配信から漏れる音声かと、常夜灯の中で碧は耳を澄ます。一夜を共にした赤塚が発した暴言なのだと気づくには、三秒もかからなかった。
「見込み違いだったわ」
━━は?
シワだらけのシャツを羽織りながら背を向け、赤塚は尚も畳みかける。
「選ばれる女になれよ」
━━はぁ?
「気が向いたら、連絡するわ。それまでに、俺を唸らせるほどのイイ女になっておけよ」
━━Haaa!?
意味の分からない忠告を終えると、毛髪の寝ぐせを気にすることなく「始発で帰るわ」と赤塚は部屋を出ていった。
鳥の巣状の後頭部へ目掛けて振り下ろすことを妄想に留めた拳を震わせながら、閉じた唇の中で碧は歯を食いしばる。
━━勝手に押しかけてきて、勝手に人の寝床に入って、勝手に査定していった!?
仕事で些細なミスをして、上司から叱責を受けた帰り道。学生時代のアルバイト仲間だった赤塚拓巳と偶然道端で出会い、昔話に花が咲いた。
『元気?』
『変わってないね』
『最近どう?』
『面白くないね』
十年ぶりの偶然な再会というシチュエーションも相まって、気づけば居酒屋の看板仕舞いまで飲み明かしていた。
「タクシー代、使い果たしちゃった。泊めてくれる?」
ハイボールをしこたま飲みながら、恋人と別れた直後だと赤塚はボヤいていた。
━━このまま、なし崩し的に付き合えるかも?
そんな想いを抱いたことも事実だ。
クッションを連ねたラグマットで眠るよう形式的に促したものの、ベッドに潜り込まれる急展開には「そうなるよね、仕方がない」と碧は腹を括り委ねたのだ、それなのに。
『違ったわ、思ってたのと』
「どう思われてたんだ、私?」
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