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ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。似たり寄ったりな一言コメントの中で、珍しい長文が目についた。
『体を許した後で「彼女がいる」ってフラれました。こんなのばっか。選ばれない人生ツラすぎ』
━━この人、私?
天使の羽根をモチーフにしたアイコンと共に流れ去るコメントを目で追う碧と同じタイミングで、配信主であるヴィーナスも声を上げた。
「『選ばれる』ってのが間違い。『選ぶ』の、あなたが」
飲み屋のママのようだった軽口調子を封印し、ヴィーナスはキッパリと言い切る。
「いいこと、【エンジェル】さん。『頼まれて』貞操を捧げないこと」
『こっちからお願いするの?恥ずすぎ無理』
天使アイコンのリスナー【エンジェル】が続いて書き込む。綺麗に磨かれた爪を持つ指先をアゴに押し当て、さらにヴィーナスは反応した。
「ガツガツしろってことじゃないの。『俺のことが好きなら、いいだろ?』で、なし崩し的に許さないこと。あなたが『寝たい』と思える男を選ぶの。いいこと、皆もそうよ。分かった?」
『はーい!』
『はーい♡』
『わかったー』
『ヴィーナス様の言う通りにする』
『頼まれて寝ない!』
「何これ……」
まるで教祖を崇めるように、賛同コメントは増え続ける。始まりは百人弱だった視聴者数も、三十分余りで三千人を超えていた。
『私もなれますか、選ぶ側に』
浮かんだコメントが無意識に指を伝い、碧からヴィーナスの元へと届く。再び画面から浮き上がった実体のない女神は、小さな掌を碧の頬へかざしたまま言い切った。
「なれるわよ。アタシの言いつけを守れたならね」
*
「女神……ヴィーナス?」
白昼の記憶が、全てよみがえる。
半分妄想かもしれないと、碧は自身に言い聞かせていた。赤塚とのゴタゴタの後に昼間から飲んだくれ、スマホから惰性で流れる音を聴きながら見た夢だったのかもしれないと。
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