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「あ、すみません。笑うつもりはなくて……!」
「いえ……」
青年の慌てたような声が降ってくる。
「……私、きっとあなたより10以上も違うと思います。だから、こんな私に時間なんて使っていないで、自分のしたいことに時間を使ってください」
「……俺のしたいこと、ですよ。あなたとお話しすることは」
「っ……」
30過ぎてナンパされるなんて思ってもいなかった。
単純に話がしたいだけで、恋愛になんて発展しないかもしれない。
だとしても、彼の限りある学生でいられる時間を、会ったばかりの私なんかに浪費させたくはない。
「俺に話しかけられたの、嫌でしたか?」
バッと顔を上げる。
悲しそうな彼の目と合った。
違う、そんなことを言わせたかったわけではない。
「そんなことは……」
「俺、もっと前からあなたを知っていました。よく同じ電車に乗っているんですよ。特に朝。夜は火曜日だけ、一緒になるんです」
知らなかった。
電車に乗っている人の顔なんて見ていない。覚えてもいない。
この青年にあったのも、今日が初めてだと思っていた。
「全然知らなくて、その……ごめんなさい」
「いえ、謝らないでください。俺が勝手に意識していただけですから」
いつの間にか雨の音が止まっている。
人通りが少ないわけじゃないはずなのに、青年以外の人に意識が向かない。
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