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「黄金に光り輝く花は、やっぱり呪いに効果があったんだね」
夫はそう言って、金色の折り紙で作られた円盤をこちらに差し出してきた。受け取ると、両手に収まるくらいの大きさだったが、夫の言わんとすることは分からない。不思議に思いつつ円盤をひっくり返すと、顔を出したのは『いつもありがとう』という文字だった。その文字は円盤中央に書かれていて、円の縁には折り紙でできた色とりどりの花が咲いている。よくよく見ると、円盤からは黒い紐が伸びていて、私は「ああそうか」と合点した。渡されたのは、大きな金メダルだった。敬老の日が近いから、デイサービスでそれに因んだ制作をしたのかもしれない。
「よかった。僕はまだ魔法が使えたみたいだ」
夫は満足そうに微笑む。
「アキ、おかえりなさい」
次の瞬間、ぶわっと目頭が熱くなった。思えば変な話だ。そもそも、デイサービスから帰ってきた夫が言うべきは「ただいま」であって、「おかえり」は私の台詞。加えて「呪い」とか「魔法」とか、夫の言っていることは全くもって理解ができない。けれども、そこにあるのは私が夢にまでみた日常だった。見えもしない小人の話じゃなくて、病気を発症する前にたしかにあった日常であり、次の瞬間にはもうないかもしれないひととき……私がずっとほしかったものがそこにはあった。
「ただいま」
声に出した瞬間、熱を帯びた粒が溢れ出す。久しぶりに口から出たその言葉は、とてもあたたかなものだった。
(了)
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