スカビオサ

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 順調に回復していった奏馬は一ヶ月後に退院した。  記憶は依然と失っているままだが、生活する分には影響はないとの事だ。  記憶を失う前の生活に触れさせてやる様にと医者から言い渡された為、奏吾の了承を得て葵は奏馬の家に住む事になった。  一ヶ月前まで住んでいた部屋を眺めて葵は何とも言えない気持ちになる。  部屋は懐かしいようで、変わり果てていたからだ。  葵と奏馬がデートで撮った写真はきれいさっぱりと消えていた。  奏馬に見られないように奏吾が処分したのか、と葵は溜め息をつく。  元より奏吾は二人の関係を反対していた。  これを機に、二度と奏馬に思い出させたくないのだろう。  何か変わっていない所はを探そうと、葵はもう一度部屋を見渡す。 「あ、スカビオサ……」  テーブルの上の花瓶に挿された、枯れてシワシワになった花に、葵の目は釘付けになる。  葵は白いスカビオサが大好きだ。  だから奏馬は毎日の様に白いスカビオサを買ってきては花瓶に挿していた。  まさか自分が出て行ってからも処分しなかったなんて……。 「スカビオサ?その花の名前か?」 「うん、一番好きな花」 「なら、明日から買わないとな」 「どうして?」 「未だに葵の事を思い出せていないし、好きな物も何も分からない。なんか兄として失格だなって。せめて葵が喜ぶ様な事をしたいんだ。きっと昔の俺も葵の笑顔を見たくて買ったんだと思う」  葵の好きな物を一つ知れて良かったとクシャクシャな笑顔の奏馬を見て、葵は胸が張り裂けそうになる。  込み上げてくる言葉をグッと飲み込み、葵は微笑んだ。 「ありがとう、兄さん」
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