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部屋に戻っても奏馬はいない。
奏馬を感じさせてくれる何かが無ければと葵は奏馬の寝室に入る。
そして奏馬のベットに潜り込んだ。
奏馬の匂いに包まれて、葵は静かに涙を流す。
数ヶ月前まで奏馬に抱き寄せられて眠った夜が夢の様に感じられた。
「奏馬、そうまぁ……」
葵はぎゅっと奏馬の枕を抱き寄せ、二度と呼べない名を叫んだ。
翌朝、カーテンから漏れる光で葵は目を覚ます。
腫れた目を気にする余裕もなく、葵はベットから飛び起きた。
昨日奏馬の寝室に入ったきり出た記憶がない。
時計の針は八時をさす。
奏馬にバレてしまったのだろうか。
ふと枕元を見ると、そこには様々な色のスカビオサの花束が置かれていることに葵は気付く。
不思議に思って手に取ってみると、メモらしき紙が落ちた。
“葵へ。昨日疲れたのか?それとも何か嫌な事でもあったのか?兄さんからお前はもう帰った事を聞かされてびっくりしたぞ。せめて俺に一言言えよ。夜道は危ないからな。そうそう。このメモを見たという事はスカビオサの花束に気付いたという事だな。ずっとお前に買ってやろうと思ってたが、中々見つからなかったんだ。昨日ようやく見つけたんだけど、お前が何色のスカビオサが好きなのか分からなくて全部買ってしまった。喜んでくれると嬉しい。P.S.俺の部屋だけど、心地よさそうに寝てたからそのまま貸してやる。感謝するんだな”
葵は花束をぎゅっと抱えた。
顔を花束の中に埋める。
もしかしたら、妹として生きるのも悪くないのかも知れない。
奏馬はやはりあの優しい奏馬だ。
どうせ記憶は直ぐには戻らない。
ならば焦っても無駄である。
記憶が戻る日まで、彼に嫌われない様に妹として彼の側にいよう。
葵はそう誓い、身だしなみを整えて、晴れた気持ちで部屋を出た。
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