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たっぷりと時間をかけ、間をおいたあと、やがて才造がふっと視線を外した。
「……分かった」
静かに一言、そう告げる。累くんも俯きながら目を伏せた。
「本来、俺たちの方から突き放すべきだったんだと思う。それをせず、ぬるま湯に浸かって、これまで中途半端な状態でお前を縛り付けておいて悪かった」
累くんがふるふると首を横に降った。
「莉子ちゃんとさいぞーさんと……三人で過ごした時間がとても幸せだったのは本当です。だからこそ、僕もそのぬるま湯から抜け出せなかった。お二人も同じように思っていてくれたら……それ以上嬉しいことはありません」
もう、何て言葉をかければいいのか分からなかった。できることなら泣いてしまいたかったけど、多分それは違う。
おめでとう? 幸せに? それとも、ありがとう? はたまた――
カタッと椅子の音を立てて、累くんが立ち上がった。その顔には、もういつもの微笑みが戻っていた。
「あと一ヶ月ほどこちらにいますけど、もう気軽にここへ来るのはやめておきますね。最後に一度、お二人の顔だけ見に来ます」
穏やかにそう言い残して、累くんは自分のアパートに帰って行った。後に残されたわたしは呆然と立ち尽くし、才造はテーブルに頬杖をついたまま、ただ黙って考え込んでいるようだった。
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