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3-9 兄、再び
その後、累くんがわたしたちのマンションへ来ることはなくなった。
でも、才造は職場で意外といつもどおり話しているらしい。累くんの方が何事もなかったかのように接してくるようだ。ただ、家での才造は元々口数が多い方じゃないけど、それに輪をかけて黙って考え込むことが多くなった。
わたし自身も、ふとした時に累くんのことが頭に浮かんでしまう。結婚式の計画で少し気分が上がっても、気を緩めるとすぐに累くんだったらどう言うだろうか――と考えてしまう。
彼のいなくなった生活は、なんだか世界から色がひとつなくなったみたいだった。
◇
そして累くんが東京へ行くまであと一週間ほどに迫ったある日。
才造より先に仕事から帰り、一人でマンションにいたわたしの元を、とうきび野郎――もとい兄が、うぇいうぇいと言いながらまた突然訪れてきた。桃を引き連れて。
「いやお陰さんで、婚活パーティー参加希望者殺到してましてよ。募集開始から一週間で定員の3倍!! んで、一旦募集停止してそこから書類選考。まさかこっちが選べる立場になるとはなぁ。マジお前らのお陰だわ~~~。あ、コレ感謝のしるしな」
と言って、兄はお土産の箱菓子をドカッと差し出した。とうきびにホワイトチョコレートをかけてスナック状にしたらしいお菓子。見たことがないやつだ。それと、ついこの前累くんからももらった東京土産の定番・江戸バナナ。
「何、東京行ってきたの?」
「そ、今さっき飛行機降りてきたとこ。東京でベコ飼おうと思ってな、その下見」
「酪農まで手ぇ出すの?」
もちろん適当な軽口なのは分かっているけど、またアロハシャツを主役にしたその素っ頓狂な格好で東京から飛行機に乗ってきたところを想像すると、妹としてちょっと恥ずかしくなった。一緒には歩きたくない。
「うちのとうきびがな、新しい卸し先と契約決まったんだよ。超大型契約よ。しかも先方からの熱烈なオファーで。そんで顔合わせ兼お礼のご挨拶ってわけ。で、そっちのとうきびのお菓子はその試作品」
「へぇ、どおりで初めて見る思った。でも、そういうのって農家が直接行くもん? お父さん、全部農協に任せてなかった?」
「昔は作物ほとんど全部農協に任せてたけど、今は半分程度だな。ほれ、品種改良もしたし、畑も広げたから直で取引したいって業者が増えてきてさ。それに伴って広報とか営業的なこともやんなきゃだから、意外と忙しいの俺」
「忙しい割にはよく油売りに来るねぇ」
「動画撮影の協力者へのお礼回りも大事な仕事のひとつよ~。綿密なコミュニケーションってやつ。できるだけ直接顔を出してさぁ。桃ちゃんにメシごちそうして、お前らにコレ届けて……で、さいぞーと累は? まだ帰ってないの?」
その名前を出されて、ちょっと答えに詰まってしまった。
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