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そう考えて、わたしは才造を横目でチラッと見た。
座敷に正座した才造は、俯いて微動だにせず、膝の上で拳を握りしめていた。これでもかというくらい表情が固い。バシッと着こなしたスーツの中で、おそらく尋常じゃない脇汗をかいているはずだ。
そして、わたしも人のことを言えないくらいに手汗をかいている。
最初にわたしたちからみんなに話をするつもりだったのに、家族同士で自動的に盛り上がり始めてしまったので、切り出すタイミングを完全に逸してしまった――
こうなるともう、累くん以外の人間に対しては気弱な才造は当てにできない。
和やかなこの場で、固い顔をしているのはわたしと才造だけ。そんなわたしたちに、兄が時折チラチラと視線を投げかけてくるのが分かった。でも何も言わない。
「ねぇ、莉子ったら聞いてる?」
「えっ、何?」
母に声をかけられて、わたしは顔を上げた。
「もぅっ、何ボーッとしてるのよ。それであんたたち、式はどうするか決めたの? 教会式か、神前式かくらい絞った?」
「あー……ううん、まだ」
「ずいぶん呑気ねぇ。大丈夫なの?」
「うん……いくつか式場見学には行ったんだけど」
でも、どこを見てもどうにもピンと来なかった。花嫁衣装を着て、才造と二人で式を挙げているところが上手く想像できない。
いや、やってみればとびきり幸せなことは分かる。家族や友達みんなに祝福されて、たくさんの笑顔に囲まれて、それがベストに決まっている。
でも、それじゃピースがひとつ足りないということに、わたしたちは気が付いてしまった。
「教会にしなよ~! 幸造兄ちゃんの時神社だったからぁ、教会の式も出てみたいー! ほら、健やかなる時も、病める時も、みたいなやつ」
そう言ってはしゃぐのは、才造の妹の晴香ちゃん。うちの末っ子の楼愛もそれに乗ってキャッキャしている。
「見たーい! あとアレね、誓いの口づけを~ってやつ!!」
「そうそう~!」
お互いの一番下の妹同士、いつの間にか仲良くなっている。
「俺はごちそうの美味い会場がいいな」
人見知りだけど食い意地だけは張っている蓮人は、ただ寿司を食べられてラッキーくらいにしか思っていなさそうだ。
「……盛り上がってるところ申し訳ないけど……!」
わたしは意を決し、腹の底から絞り出すように声を出した。
「この結婚……一旦、白紙に戻したいと思ってる」
歓談がピタッと止み、みんなの視線がわたしに集中した。
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