3-10 歴史的瞬間

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 そう考えて、わたしは才造を横目でチラッと見た。  座敷に正座した才造は、俯いて微動だにせず、膝の上で拳を握りしめていた。これでもかというくらい表情が固い。バシッと着こなしたスーツの中で、おそらく尋常じゃない脇汗をかいているはずだ。  そして、わたしも人のことを言えないくらいに手汗をかいている。  最初にわたしたちからみんなに話をするつもりだったのに、家族同士で自動的に盛り上がり始めてしまったので、切り出すタイミングを完全に逸してしまった――  こうなるともう、累くん以外の人間に対しては気弱な才造は当てにできない。  和やかなこの場で、固い顔をしているのはわたしと才造だけ。そんなわたしたちに、兄が時折チラチラと視線を投げかけてくるのが分かった。でも何も言わない。 「ねぇ、莉子ったら聞いてる?」 「えっ、何?」  母に声をかけられて、わたしは顔を上げた。 「もぅっ、何ボーッとしてるのよ。それであんたたち、式はどうするか決めたの? 教会式か、神前式かくらい絞った?」 「あー……ううん、まだ」 「ずいぶん呑気ねぇ。大丈夫なの?」 「うん……いくつか式場見学には行ったんだけど」  でも、どこを見てもどうにもピンと来なかった。花嫁衣装を着て、才造と二人で式を挙げているところが上手く想像できない。  いや、やってみればとびきり幸せなことは分かる。家族や友達みんなに祝福されて、たくさんの笑顔に囲まれて、それがベストに決まっている。  でも、それじゃピースがひとつ足りないということに、わたしたちは気が付いてしまった。 「教会にしなよ~! 幸造兄ちゃんの時神社だったからぁ、教会の式も出てみたいー! ほら、健やかなる時も、病める時も、みたいなやつ」  そう言ってはしゃぐのは、才造の妹の晴香ちゃん。うちの末っ子の楼愛もそれに乗ってキャッキャしている。 「見たーい! あとアレね、誓いの口づけを~ってやつ!!」 「そうそう~!」  お互いの一番下の妹同士、いつの間にか仲良くなっている。 「俺はごちそうの美味い会場がいいな」  人見知りだけど食い意地だけは張っている蓮人は、ただ寿司を食べられてラッキーくらいにしか思っていなさそうだ。 「……盛り上がってるところ申し訳ないけど……!」  わたしは意を決し、腹の底から絞り出すように声を出した。 「この結婚……一旦、白紙に戻したいと思ってる」  歓談がピタッと止み、みんなの視線がわたしに集中した。
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