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休日のこの日、街の中心部にあるビルは大勢の買い物客で溢れていた。いびつな三人組のわたしたちの目の前を、沢山の人々が行き交う。楽しそうな学生グループや手を繋いで歩くカップルなど、ほとんどが若者だ。
その人たちを眺めながら、累くんがしみじみと言い出した。
「昔、ここで莉子ちゃんとデートしたことがあったよね」
「あ~……そうだっけ?」
と、才造の手前、わたしは忘れたフリをした。この人はなんでそんなことを言い出すかな。この状況で。
「あの時君と一緒に選んで買った腕時計。あれ、今でも持ってるんだ」
「えっ、捨てなよそんなの! なんでそんなモノ取っておいてんの!?」
「だって、莉子ちゃんとの思い出の品だから。着けるたびに君のことを思い出してたよ」
「思い出さなくていいよ、昔の女のことなんて! わたしは累くんにもらったアクセサリーとか全部捨てたからね!!」
三人がけのベンチで真ん中に座ったわたしは元々才造寄りに腰を下ろしていたけど、そんな話をしているうちにさらに才造の方へ寄った。
でもそんなことは気にも留めず、累くんはアハハと笑った。
「そっか、女性は恋愛ごとに思い出を上書き保存しちゃうって言うよね。男は新しいフォルダを作っちゃうけど。僕は一度好きになった人のことは忘れたくないけどなぁ。あの頃、今までの人生の中で一番幸せだったし」
「えぇ?」
「僕の家はちょっと複雑でね。子供の頃は親に振り回されて、色々我慢を強いられてきたから……」
わたしと付き合っていた頃、彼は家族のことを何も話してくれなかった。触れてほしくないような、そんな素振りを見せたから、わたしも深くは追求しなかった。
だから、彼が今になって急にそんなことを言い出したのが意外だった。
本当は――全く興味がなかったといえば嘘になる。だけど今ここでそんな素振りを見せるときっと才造に嫌な思いをさせるので、わたしは関心のないフリをしながら累くんの話の続きを待った。
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