1-4 わたしって腐女子でしたっけ?

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 だが、彼はそれ以上は語らず、またニコッと得意の笑顔を浮かべた。 「まぁ、それが落ち着いたのでまたこうやってこの街に戻ってきたわけなんだけど」  それ以上は話すつもりはないと、煙に巻くような笑顔だった。内心ちょっとだけガッカリしながら、わたしは表面上へぇ、と適当な相槌を打った。 「また新しい別の場所を選ぶこともできたんだけどね。でも、ここはいい思い出ばかりだったから。ここに来れば、また莉子ちゃんと巡り会えるかな……なんて都合のいいことを、心のどこかで考えてた」 「えっ?」  思わずドキンとした。何言ってんの、この人。  本音を言うと、わたしも累くんに振られた後、妄想しなかったわけじゃない。あの時わたしに別れを告げた本当の理由って、その家庭の事情とやらだったんじゃないだろうか。  だとしたら、彼の本心は――  と、ふと気が付くと、右隣から何やら不穏な空気が立ち込めていた。才造が、静かながらも何かをふつふつと燃やしている。 「じっ……事情はよく知らんけど……それ、また莉子を口説こうとしてるってこと……?」 「あれ草田さん、もしかして妬いてくれてます?♡」  わたしはガクッとズッコケた。  才造が怒るなんて珍しい。なのに累くんはそれをまるで意に介さず、なおも愉快そうにニコニコ笑っている。何なんだろうこの強メンタル。ホントどっかで頭でも打ったんじゃないだろうか。 「そっ、そうなんだけど……多分、お前が想像してんのと違う方向だと思う」  怒るということに慣れていないからイマイチ迫力がないけど、たぶんこれが才造にとって精一杯の威嚇(いかく)。わたしは見かねて助け舟を出すことにした。 「もぉっ、累くんこのくらいにして! わたしたちこの後、二人でディナーの予約してるから!! もうついて来ないでよ!!」  少し声を荒らげた。すると、彼はニコッと笑って思いのほかあっさりと引き下がった。 「そうなんだね、分かったよ。それじゃあさすがに仕方ないから、今日はこのあたりで失礼するよ。次は三人で予約よろしくね♡」 「なんで当然のように混じる気でいるの!!!? 意味分かんないィィィ!!!」  累くんは最後まで楽しそうに笑いながらその場から立ち去ろうとした。でも、その前に―― 「草田さん、明日またお会いしましょう」  才造の前に跪き、彼の片手をスッと取ってそこに唇を寄せた。まるで紳士が淑女にするように。  その瞬間だった。  わたしの目の前で、ブワァッと無数の薔薇(ばら)の花びらが舞い上がった。
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